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「助けていただけないでしょうか」
日曜日の午後、神山から突然、電話がかかってきた。
来日中の女性歌手の専属スタイリストが体調を崩して、困っているのだという。
その女性歌手は生まれつきのくせ毛で、専属以外には髪を触らせたくないとごねているらしい。
その上、今日のステージはキャンセルしたいと言っているという。
「でも、もうチケットは完売しているので、今更キャンセルなんてできませんし、どうしたらいいか困っているのです」
普段、冷静な神山の声が落ち着きをなくしていた。
「わかった。とにかく、夢丘を連れて行く。それと、君の奥さんを呼んでおいてくれないか」
それだけ告げて、慌てて家を飛び出した。
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夢丘の店に着いた時には、ちょうど客を送り出しているところだった。
客が人ごみに吸い込まれるのを確認して、すぐさま用件を話した。
「わかりました。すぐに片付けて、準備をします」
その間にタクシーを呼んだ。
店から出てきた夢丘を奥の席に座らせて、六本木へ急がせた。
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楽屋に入ると、女性歌手と神山が押し問答をしていた。
それを、困ったような顔をしたマネジャーらしき男性が見つめていた。
説得できていない様子だった。
わたしはさっそく夢丘を紹介した。
名前に『ドリーム』と『ラヴ』が付いた、人を幸せにする美容師であることを通訳を介して伝えると、「Dream&Love?」と表情が変わった。明らかに興味を示しているようだった。
その変化を逃さず、神山に奥さんを呼ぶように頼んだ。
すぐに奥さんが現れた。
ゆるくウエーブがかかったロングヘアをメイクしたのが夢丘だと告げると、その自然な美しさに魅せられたのか、「Wonderful」と目を輝かせた。
更に、奥さんの髪もくせ毛であることを伝えると、女性歌手が身を乗り出した。
もう説得する必要はなかった。
女性歌手は自らの意志で鏡の前に座り、夢丘に髪を委ねた。
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「本当に助かりました。ありがとうございました」
夢丘に深く頭を下げてから、わたしの両手を握り、何度も頭を下げられた。
「いや、何にもしていないから」
すべては夢丘の高い技術のおかげだと言っても、「いいえ、高彩さんの機転の利いたトークがなかったらどうなっていたかわかりませんから」と持ち上げられた。
わたしは面映ゆい気持ちになったが、すぐに切り替えて、今日のことをSNSにアップしてくれないかと頼んだ。
日本でも人気の高い女性歌手のコメントと共に夢丘のことを紹介してもらえれば、格好の宣伝になると思ったからだ。
神山はすぐに応じてくれた。
公演終了後、女性歌手に依頼して、写真と共にコメントをアップしてくれた。
「Dream&Love」というタイトルで、「神の手を持つ美容師」と持ち上げてくれた。
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反響は大きかった。
ホームページにアクセスできなくなったのだ。
あまりに多くの人が殺到したため、処理できなくなったらしい。
翌日、東京美容支援開発の担当者からそれを聞いた時は、信じられない思いでいっぱいになった。
まだ本開業の前なので予約は受け付けていなかったが、もし4月以降にこんなことが起こったらどうなるかと心配になった。
1日に3人しか施術ができないのだ。
1年待ちなんてことになったら大変なことになる。
キャパシティに応じたプロモーションを心がけなければいけないと、改めて気を引き締めた。




