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(3)

 

 メインイベントの終了後、わたしは夢丘と宮国を近くのホテルのバーラウンジに誘った。

 それは、盛り上がった会の余韻を楽しむためでもあったが、それだけではなかった。宮国の様子がおかしかったからだ。

 彼はお披露目式では明るく振舞っていたが、時折ふっと寂しそうな表情を浮かべていた。

 希望通り研究開発推進本部に異動できて、張り切ってプロジェクトに取り組んでいるはずなのに、様子がおかしかった。

 何があったのだろうかと心配になって、誘ったのだ。


        *


「俺の居場所がなくなった……」


 3杯目のカクテルを飲みながら、彼が重い口を開いた。

 彼の会社の経営陣は『バイオベンチャーを買収し、がん治療薬を将来の柱とする』という決定を下し、その他の分野の研究開発を中止したのだという。

 投資資金を〈がん治療薬〉に集中させるためだった。

 更に、現在の主力分野〈生活習慣病薬〉の売却を検討しているという。

 それだけでなく、宮国が推していた皮膚科領域や眼科領域への展開にもストップがかかったのだそうだ。

 その中には発売直前の皮膚病薬や市販予定のヘアケア製品も含まれているという。


「居場所はもうないんだ」


 3杯目のカクテルをグッと飲み干し、4杯目を頼んだ。


 こんなに落ち込んだ彼を見たことがなかった。

 いつも前向きで、病気に苦しんでいる人たちに新薬を届けようと懸命に頑張っていたのに、そんな雰囲気は微塵(みじん)も感じられなかった。


「もうどうでもよくなった」


 そして、4杯目を飲み干した。


「そんな飲み方をしたら」


「いいんだ、飲ませてくれ」


 耳を貸さず、5杯目を注文した。


「いや、良くない」


 これ以上飲ませるわけにはいかなかった。


「いいんだ。酔いつぶれて、すべてを終わらせる」


 会社を辞めるつもりのように聞こえた。


「もうどうでもいい」


 5杯目を飲み干すと、「もう1杯」とバーテンダーに手を上げた。


「いや、ダメだ」


 カウンターに向かって手で制して、宮国に目を合わせた。


「勝手にさせてくれ!」


 宮国は私を睨みつけて、いきなり立ちあがった。

 そして、振り返ることもなく店から出ていった。

 私にできることは、ただ呆然と見送るだけだった。



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