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会社を出て向かったのは、すぐ近くにあったハンバーガーショップだった。
夢丘が一時も早くシミュレーションをしたがったからだ。
「どういう順番で考えていけばいいですか?」
ハンバーガーを食べるのももどかしいというように夢丘が口火を切った。
「そうだね。大事なことは利益が出るかどうかということだから、収入と支出から始めればいいと思う」
わたしはバッグからメモ帳を取り出して、そこに線を引き、収入欄と支出欄を作成して、支出欄に賃料15万円/月と記入した。
もちろんこれ以外にも色々なものが見込まれるが、消耗品などは施術する人数によって変化するので、あとで考えることにした。
「次は収入面だけど、これは、客単価*人数*稼働日数になるから、それを教えてくれる?」
すると、客単価は今勤めているお店と同じにしたいという。
「カットとパーマとトリートメントで15,000円にしようと思っています」
カットとカラーとトリートメントの場合も同じ金額を考えているという。
「では、1日に施術できる人数だけど、何人くらい可能?」
「そうですね~、1人に2時間から2時間半くらいかかると思いますので、1日に3人から4人くらいでしょうか」
アシスタントがいればもっと捌けるが、1人ですべてをこなすとすると、これが限界だという。
「では、1日に3人として、月に何日働ける?」
「はい、休みを週に1日とすると、26日くらいは働けると思います」
「それって無理はない?」
「えっ?」
「頑張りすぎて病気になったら意味がないから、余裕を持った働き方を考えた方がいいんじゃないかと思うんだけど」
「でも、面貸しとは言え、開業するのですから頑張らないと」
「うん。それはわかるけど、施術だけではないんだよ。集客のための広告やホームページの開設と管理、それから、経理業務なんかがあるんだから、その時間も見ておかないと」
「そうか~」
「完全週休二日は無理としても、隔週二日は確保した方がいいと思うよ」
「そうですね、わかりました。では、営業日は24日間とします」
「それがいいと思う」
これで全部の条件がそろったので、計算式に数字を入れた。
15,000円*3人*24日=108万円
「わっ、凄い。100万円を超えた!」
瞳の中にピンクのバラが咲いたような声を出したので、思わずわたしは笑ってしまった。
「なんで笑うんですか?」
「いや、余りにもすごいリアクションだったから」
「だって……」
それがどうしていけないの、というふうに口を尖らせたので、もっといろんな試算をして、現実的な予測を立てなければいけないことを説明した。
そして、1日の来店客数や稼働日数に色々な数値を当てはめて、シミュレーションを繰り返した。
15,000円*2人*24日=72万円
15,000円*1人*24日=36万円
15,000円*1人*10日=15万円
10,000円*1人*10日=10万円
「これでわかるよね。毎日安定してお客様が来れば利益が出るけど、来ない日もあるだろうし、カットだけとかカラーだけというお客様もいるだろうし、色々なことを考えておかないといけないんだよ」
「そっか~」
バラの花が閉じて蕾に戻ったような声になった。
「とにかく、一喜一憂せずに続けようよ」
頷いたので、今度は施術することによって発生する費用について試算をすることにした。
しかし、これについてはよくわからないと言うので、ネット検索を行った。
すると、原価率10%が相場だという記事に辿り着いた。
つまり、15,000円の施術の場合、シャンプーやトリートメント、カラー剤やパーマ剤の費用は1,500円となる。
更に水道光熱費が売上の10%、広告宣伝費が売上の10%、予約システムの手数料などが売上の4%と記載されていたので、売上に対する費用比率は34%となる。
これを式に当てはめてみた。
15,000円*3人*24日=108万円-15万円-37万円=56万円
15,000円*2人*24日=72万円-15万円-25万円=32万円
15,000円*1人*24日=36万円-15万円-12万円=9万円
15,000円*1人*10日=15万円-15万円-5万円=▲5万円
10,000円*1人*10日=10万円-15万円-4万円=▲9万円
「わっ!」
夢丘は開いた口に慌てて手を遣った。
衝撃的だったからだろう。
無理もないが、これが現実なのだ。
世の中は甘くない。
でも、ガッカリさせるばかりではいけない。指針を示さないと。
「少なくとも毎日1人はお客様に来ていただくことが最低条件だということがわかるよね。先ずはそれができるかどうかが開業するために越えなければいけないハードルになる」
「でも、9万円では生活費が出ない……」
「そう。君が住んでいる家の家賃や光熱費や食費のことを考えると、毎日1人のお客さんでは厳しいよね。貯金を崩しながら生活していくことになる。だから、早期に1日2人のお客さんに来ていただけるようにしなければならない。それができるかどうかだね」
返事はなかった。
シミュレーションの式を睨むように見つめているだけだった。




