✂ 第6章 ✂ 速攻カット(1)
わたしは応接室で順番が来るのを待っていた。
面接を受ける会社は『速攻カット』
理容室を全国展開している企業で、今後の業容拡大に備えて経営企画職を募集しており、今年は2名の採用を予定している。
対して応募は40名。
つまり、20倍の競争率という狭き門に挑戦しているのだ。
女性社員に名前を呼ばれたので返事をし、面接ルームに入り、自己紹介をして、丁寧にお辞儀をした。
顔を上げると、着席するように言われた。
座って姿勢を正すと、目の前に見知った顔が座っていた。
速攻カットの代表取締役社長、早桐勝人だった。
早桐は一代で理容室の全国チェーンを作った伝説の人物だった。
駅前に絞った店舗展開と、施術はカットだけというシンプルなメニュー、更に、10分1,000円という今までにない価格設定を武器に快進撃を続けていて、全国の店舗数は200店舗に迫っていた。
しかし、急速な店舗拡大に人材育成が追いついていなかった。
特に幹部候補生が不足していた。
そのため2年前から経営企画職を採用していたが、1年も経たないうちに全員が辞めたという。
本当かどうかはわからないが、早桐社長の厳しい指導についていけなかったという噂が流れていた。
「高彩君、君を採用したら、うちにはどんなメリットがあるんだね?」
質問の口火を切ったのは早桐社長だった。
鋭い目つきに威圧されそうになったが、必死に耐えて声を絞り出した。
「はい。全国500店舗体制を目指した中期経営計画を策定します」
すると、社長は、ふんっ、というように鼻を鳴らして、「中期経営計画?」と苦々しい顔になった。そして、「紙に書いた計画なんかなんの意味もない」と吐き捨てた。
その口調と表情にまたも威圧されそうになったが、落ち着け、落ち着け、と言い聞かせて、大きく息を吸った。
「御社は急速なスピードで店舗を拡大しています。優れたビジネスモデルと社長のリーダーシップで全国200店舗目前のところまで来ています。しかし、このままのスピードで拡大していくと、早晩、経営は行き詰まるのではないでしょうか」
なんとか言い終えたが、〈若造が何を言うか〉というような険しい目で社長が睨んでいた。
それは怯むような強さだったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
わたしにとって大一番の勝負なのだ。
「生意気なことを申し上げているのは承知しています。しかし、会社という組織体は業績の拡大と共に経営体制を変化させていかなければなりません。御社で言えば、社長の強いリーダーシップで引っ張っていけるのは200店舗が限界だと思います。もう限界に近づいているのです。待ったなしだと思います。社長を支える組織と計画が必要なのです」
そして、すぐに身構えた。
強烈なパンチが返ってくると思ったからだ。
ところが、社長は口を真一文字に結んだままだった。他の面接官が声を発することもなかった。
沈黙が続く中、凍りついたような空気が部屋に充満した。
居たたまれなくなって社長から目を逸らすと、他の面接官も同じように感じているのか、気まずそうにうつむいていた。
わたしもうつむいて、〈何か言ってくれ〉と心の中で呟いたが、誰も何も発しなかった。
うつむいたまま、じっとしているしかなかった。
すると、その沈黙を破るように突然、音がした。
顔を上げると、社長が立ち上がっていた。
目が合うと、きつい視線が突き刺さった。
「生意気なことを!」
吐き捨てるように言って、社長が面接ルームから出ていった。




