(3)
直感で3店舗に絞った。
でも、すぐには決めない。
先ずは見学して、直感が正しいのか確かめなければならない。
期待して店に入ったが、1店舗目も2店舗目も中に入った瞬間、違和感を覚えた。
何かはわからないが、ちょっと違うのだ。
しっくりこないのだ。
〈探している店はここではない〉という心の声が聞こえたような気がしたのだ。
「あっ、すみません。間違えました」とちょっと頭を下げて、すぐに店を出た。
残るのはあと1店舗になった。
今度は余り期待せずに中に入った。
「いらっしゃいませ」
その声はカウンターだけでなく、接客中の美容師からも発せられていた。
しかも、とても明るい声で、前の2店とは感じが違っていた。
だから緊張せずに声が出せた。
「初めてなんですけど、ちょっと見学してもいいですか?」
「見学ですか?」
受付の女性は戸惑いのようなものを見せたが、「少々お待ちください」と言って、店の奥に小走りで向かった。
すると、すぐに男性を連れて戻ってきて、店長だと紹介された。
改めてお願いすると、その人はすぐに空いている椅子の方に手を向けた。
「どうぞ、こちらの椅子に掛けて、ごゆっくりなさってください」
笑顔で包んでくれたので、礼を言って、その椅子に腰掛け、じっくりと観察させてもらった。
美容師と客の会話が弾んで、笑顔が溢れていた。
その会話もとてもフレンドリーな感じがしたし、美容師も客もいい表情をしていると思った。
でも、早急に結論を出すつもりはない。
雑誌を読む振りをしながら更に観察を続けた。
その間にも予約客が次々に入ってきて、空いている椅子が無くなった。
わたしは慌てて立ち上がり、席を空けた。
見学の人間が偉そうに座っているわけにはいかない。
すると、若い美容師がどこからか椅子を持ってきて、「どうぞお座りになってください」と笑顔で勧めてくれた。
メチャ感じが良かった。
目配り気配りができているんだな、と感心した。
その瞬間、この店に決めた。
予約を入れた日は退職予定日の翌日だった。