✂ 第5章 ✂ 〈和〉〈差〉〈美〉(1)
「日本美研究所の立ち上げを父に、いや、社長に提案したんです」
居酒屋で西園寺が熱く語り始めた。
「ほとんどの建設会社が合理的で機能的なビルを追求してきましたが、その結果、外観も内装もどれも同じようなビルばかりになってしまいました。だから都心のビル群を見ていると、ここが東京なのか、シンガポールなのか、ニューヨークなのか、よくわからなくなってしまいます。同質化の危機と呼んでもいいような没個性化が蔓延しているのです」
確かに、テレビで見る世界の大都市はどれも同じような姿をしている。
わたしは頷きながら彼の話に耳を傾けた。
「本社の資料館で『日本の美建築』という写真集を見ていた時でした。気づいたのです。日本らしさが足りないと。現代は住居もオフィスも洋服も靴も全部、洋風になっています。でも、それでいいのか。もちろん昔に帰れということを言っているのではありません。そうではなくて、日本人の心を、日本伝統の木造技術を、もっと取り入れることができないかなと」
「俺もそう思う」
西園寺が話し終わる前に神山が相槌を打った。
「高層ビルの設計図や仕様書を見ていると、どれも同じなんだ。正に同質化! 没個性化!」
「ですよね」
西園寺が相槌を打ち返した。
「訪日外国人がこんなに増えて、世界文化遺産や無形文化遺産に数多く認定されて、世界中が日本の良さに注目しているのに、肝心の日本人自身はどうなのか」
「灯台下暗し、だな」
自戒の念を込めるような呟きが神山の口から漏れた。
*
その翌日、午前の講義が終わったあと、4人は直角教授を誘った。
「ランチ、一緒にいかがですか。といっても学食ですが」
教授はすぐに頷いてくれたので、西園寺が奥の隅の6人掛けのテーブルを確保している間に食券を買った。
教授は焼き魚定食だった。
わたしは生姜焼き定食で、
神山は唐揚げ定食、
宮国がハンバーグ定食で、
西園寺がとんかつ定食、
全員が定食で一致した。
食べ終わって教授が箸を置くと、西園寺が口火を切った。
「独創性、革新性を考えるにあたって日本の美というものが切り口になるのではないかと考えています。アメリカに追随するのではなく、日本が、そして日本人が持つ内外面の美しさにそのヒントがあるのではないかと考えているのですが、教授はどう思われますか」
すると、間髪容れずに教授が頷いた。
「いいところに気がついたね」
そして、お茶を一口飲んでから言葉を継いだ。
「日本は210年間も鎖国をした。外国からの影響をほとんど遮断し、日本独自の文化を育んだ。その事に対して多くの人が否定的な見方をしている。日本が世界の進歩から取り残されてしまったと。でもそうだろうか? 私はそうは思わない」
君たちはどうかな、というような目でわたしたちを見たが、すぐに続きを話し始めた。
「日本には和の心が育った。外国の個人主義とは一線を画すものだ。個性がないとか、自分の意見を言えないとか、マイナス面はあるかも知れない。しかし、秩序を重んじ、他人を思いやり、みんなで助け合うという日本人の美徳が醸成された。これは素晴らしいことだ」
教授はカバンから新聞を取り出して、経済面の記事を指差した。
「貿易戦争が始まっている。自国最優先主義が世界に暗雲を漂わせている。嘆かわしいことだ」
そこで愁いを帯びたような表情になって小さく首を振ったが、すぐに穏やかな声に戻って、言葉を継いだ。
「助け合う心、労り合う心、共に幸せになる心、日本人はそれらを持っている。これは日本の誇りだ。そう思わないか?」
わたしはすぐに頷いた。
3人も同じように頷いていた。
それを見た教授は確固たる表情になって強い声を発した。
「和の心が世界を救う!」




