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(3)

 

 次の日、神山は神山不動産本社ビルの社長室にいた。

 テーブルの上には設計図と仕様書が置かれていた。

 それを食い入るように見つめていたのは、社長である父と副社長の兄だった。

 それは、年内に着工し、3年後の竣工(しゅんこう)を目指すビルだった。

 六本木で、いや、東京で、いや、日本で一番高いビルの設計図と仕様書だった。

 ビルの高さは東京タワーを超える340メートル。

 六本木の新たなランドマークとして開発する、神山不動産の威信を賭けたプロジェクトが始まろうとしていた。


「最上階をどうすべきか」


 腕組みをした父が呟いた。


「超高級住宅スペースとして売り出すか、日本一の眺望(ちょうぼう)を売りにしたレストラン街にするか、どちらが良いのか」


 兄の言葉に、父の反応は無かった。


「う~ん」


 父は腕組みをしたまま何度も(うな)った。


「醸知は、どう思う?」


 兄の問いかけに、神山は顔を上げた。


「超高級住宅スペースも、レストラン街も、どちらも目新しさはないし、う~ん」


 神山も父のように腕組みをしながら設計図と仕様書を見つめ続けたが、それは独創性と革新性に満ちた最上階を探求するための旅が始まったことを意味していた。


        *


 西園寺は本社にある資料館でもう3時間も写真集を見続けていた。

 全10巻にもなる『日本の美建築』と題された写真集だった。

 古代から現代に至るまで現存する美建築が網羅(もうら)されていたが、釘づけになったのは国宝や重要文化財に指定されている神社仏閣や城の写真だった。


「美しい」


 西園寺は木目の美しさや温もりのある優しさに目を奪われていた。

 いや、心を奪われていた。


「美しい」


 ページをめくるたびに何度も呟いた。


「美しすぎる……」


 何度も感嘆の息を漏らしたが、頭の中には新たな時代が求める美のイメージが膨らんでいた。


        *


 宮国の額に汗が浮かび、呼吸が少し荒くなっていた。

 皇居の周りを走り始めて2周が終わろうとしていた。

 1周5キロだから10キロ走ったことになる。

 時間にして1時間ちょっと。

 さすがに疲れたが、それでも、あることを振り切るために、あと1周走ることにした。


「俺は西園寺や神山のように創業家出身ではない。だから将来のポストが約束されているわけではない。異動希望を出しているが、研究開発推進本部への異動が確約されているわけでもない。MBA取得後の俺は……」


 最近頭をかすめる不安が血液のように体の中をぐるぐると回り、走り始めた時よりも更に増幅していた。

 それを打ち消そうと遮二無二(しゃにむに)腕を振っても、頭の中から出ていく気配はなかった。


 甘かったのかもしれない……、


 そう呟いた時、右手に東京駅が見えた。

 まっすぐ伸びた行幸(ぎょうこう)通りの先に見える東京駅は威風堂々(いふうどうどう)として、どんなことにも動じない強い意志を放っているように感じた。

 すると、「何を弱気になっているんだ!」という喝が聞こえたような気がした。

 東京駅に気合を入れられた宮国は一気にスピードを上げた。

 その先に明日へと続く道があることを信じて。


        *


 夢丘愛乃が手を振りながら、わたしの元に駆けてきた。


「ごめんなさい。遅くなって」


 約束の時間に数分遅れているだけだったが、いつも5分前には到着する几帳面な彼女にしては珍しいことだった。


「最近評判の美容室に行ってきたの」


 髪を下からふわっと持ち上げて、それから、くるんと回った。


「似合ってる?」


 わたしの目を覗き込んだ。


 彼女は月に一度は勉強のために色々な美容室に行っているのだと言った。

 将来独立する時に備えて、お客様の多い人気美容室の秘密を少しでも探ろうとしていたのだ。


「あんなに時間をかけて質問されたのは、初めて」


 指で髪をくるんとさせた。


「それだけではなくて、『どんな自分になりたいですか』って言われたの」


 その時のことを思い出したのか、ふっと笑った。

 美容室では「どんな髪型にしたいですか?」と訊かれることが多いが、「どんな自分になりたいですか?」と訊かれることはほとんどない。だから驚いたという。


 彼女が戸惑っていると、「可愛い自分ですか? それとも大人っぽい自分ですか? それとも行動的な自分ですか?」と訊かれたらしい。

 予想外の質問にすぐには返事ができなかったが、少し考えてから頭に浮かんだ言葉を伝えたという。それは「フェミニン」

 すると美容師は「わかりました」と言って、この髪型にしてくれたのだという。


「女性らしさや優しさが出ているでしょう。今日の美容師さんは凄い!」


 彼女の興奮は予約していたイタリアンレストランに着いてからも止まらなかった。

 目を輝かせながら自らの夢を語り続けた。


 わたしは黙って聞き続けたが、こんなに純粋に夢を語り続ける人をかつて一度も見たことがなかった。

 そのせいか、聞いているうちに、彼女の夢を叶えさせてあげたい、彼女の夢が叶うように全力で支えたい、と強く思うようになった。それはわたしの夢を叶えることでもあるからだ。〈2人の夢の扉をなんとしてでも開いてみせる〉という強い想いがパワーとなって、全身を駆け巡り始めた。



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