(3)
「今日から私が担当させていただきます」
雑誌を読みながら店長を待っていた時、声に驚いて顔を上げると、鏡の中に夢丘愛乃がいた。
「えっ⁉」
思わず声が出た。
目をまん丸くしたわたしの顔が鏡に映っていた。
夢丘の話によると、新人美容師カット・コンテストで入賞して、晴れてお客様担当美容師になったのだという。
それだけでなく、最初に担当するお客様は高彩さんに決めていたというのだ。
びっくりするやら嬉しいやらで頬が緩みそうになったが、必死になって引き締めた。
「高彩さん、よかったね、愛乃が担当になって」
後ろを通り過ぎた店長が軽口を叩いたので、〈そんな~〉と返そうとして鏡を見たら、顔がにやけていた。思わず下を向いた。
でも、嬉しかった。
やった! とケープの下で何度も拳を握った。
すると、あることが思い浮かんだ。
浮かんだだけではなく、絶対に実行しなくてはならないと強く思った。
だからシャンプー台に移動した時、小さな声で彼女を誘った。
「お祝いしよう」
「えっ、お祝いですか?」
「そう。コンテストの入賞とお客様担当美容師誕生のお祝い」
びっくりしたような、それでいて嬉しいような表情が浮かんだので、わたしは間髪容れず待ち合わせの日時を告げた。
*
水曜日、それは、夢丘愛乃の定休日だった。
待ち合わせ場所は彼女と美容室外で初めて会ったところだった。
駅前のスーパーの入口。
講義をすっぽかしたその日は朝から時計がなかなか進まなかった。
だから、ジャケットを羽織っては何度も玄関の姿見に映したし、少しでも男前が上がるように色々なポーズを取ったりした。
それでも、そんなことをしてもなかなか時間が進まなかった。
1分おきくらいに腕時計を見ては、その度にため息をついた。
そのうち身が持たなくなった。
そわそわして家にいても落ち着かなかった。
ゆっくり歩いていくことにした。
それでも30分前に着いてしまった。
*
待ち合わせの5分前に彼女がやって来た。
赤とピンクの花柄が控えめに咲いている膝上丈の白いワンピースを着ていた。
色白の彼女に良く似合っていると思いながら見つめていると、彼女がこちらに向かって手を振った。
その時、カールした髪がふわっと揺れて、笑みがこぼれた。
息を呑んだ。〈なんて綺麗なんだ〉と息を呑み続けた。
夢ではないのはわかっているが、それでも頬を抓りそうになった。
その日はレストランでシェフのお任せコースを食べただけのデートとも言えないようなものだったが、最高に幸せだった。
家に帰ってからも、彼女の表情や声を思い出しては幸せに浸った。




