(10)
ボーっとしている間にディスカッションが終わっていた。
ハッとして見渡すと、既に多くの受講生が退室していた。
わたしは資料をバッグに仕舞って、急いで出口に向かった。
教室を出たところで教授に呼び止められた。
「少し話さないか」
頷いて、あとに付いていくと、教授室に招かれた。
初めてなので緊張して突っ立っていると、ソファを勧められた。
座ってキョロキョロしていると、目鼻立ちの整ったステキな女性が隣の部屋から現れた。
秘書だと紹介された。
タイトな膝上スカートから出た真っすぐな足に見惚れそうになったが、イヤラシイ人だと思われたら嫌なので、すぐに目を逸らした。
すると、彼女はテーブルの上にコーヒーカップを置いて、会釈ののち、背を向けた。
わたしは後姿に向かって僅かに頭を下げてから、角砂糖を一つ入れて、ゆっくりとかき混ぜた。
口に運ぶと、その甘さが消耗した心と体を癒してくれた。
それで緊張が解けたが、教授の声がそれを驚きに変えた。
「知り合いの教授がQOL薬品の社外取締役をしていてね、君の話を彼に伝えることにしたよ」
声を返せなかった。
余りにも思いがけないことだったので、何を言えばいいのかわからなかった。
それでも、ありがたい話であることは事実だった。
会社から無視された提案であっても、実現できたら嬉しいに決まっている。
既に会社を辞めた身ではあるが、20年近く働いた会社に恨みがあるわけではない。
もしなんらかの役に立つのであれば、それは嬉しいことなのだ。
「ありがとうございます。よろしくお願い致します」
頭を下げて教授室を辞した。




