(7)
その週の日曜日、気合を入れるために美容室へ向かった。
夢丘の顔を見れば力が湧いてくると思ったからだ。
「大学院は、どうですか?」
シャンプーをしながら夢丘愛乃が話しかけてきた。
「もう大変。難しい講義が一日中続くし、宿題は多いし、ディスカッションの準備もあるし」
「ディスカッション、ですか」
「そう。テーマを決めて受講生全員で喧々諤々意見を述べ合うんだけど、レベルが高くて、ついていくのが大変」
「そうですか……」
そこで声が消えて、黙々とシャンプーを洗い流し、コンディショナーを施し、頭皮マッサージが始まった。
わたしは気持ち良くなってほわ~んとしていたが、手を動かしながらも彼女は「そのテーマって」と興味深そうに訊いてきた。
「うん、与えられたテーマは付加価値なんだ」
「付加価値、ですか?」
「そう。独自価値と言い換えてもいいのだけど、要は競合会社に比べてどれだけ差別化できるものを持っているか、ということを話し合っているんだ」
「そうですか、差別化ですか……」
温かいタオルを首の下に挟みながら独り言のように呟いたが、続けて、「うちの美容室にその付加価値はあるのかしら?」と自問自答のような声が耳に届いた。
わたしはすぐに頷いたが、彼女は気づかなかったようだった。
いつものようにトリートメントを洗い流して、濡れた髪を拭いてから椅子の角度を元に戻し、元の席に誘導するためにわたしの先を歩いた。
わたしは答えを知っていた。
それは絶対に間違いないと確信できるものだった。
だから、後姿に向かって心の中で声をかけた。
「この美容室の付加価値は夢丘愛乃、君自身だよ」




