表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/102

(2)

 

 経営大学院の講義は予想以上にハードだった。

 朝9時から夕方5時まで90分単位の講義が20分の休みを挟んでびっしり続くのだ。月曜日から土曜日まで、毎日。


 それだけではなかった。

 宿題が出るのだ。

 分厚い専門書を読破し、それについての意見を述べる膨大なリポートを要求された。

 それをこなすためには毎日深夜まで取り組まなければならなかった。

 時には朝方までかかることもあった。


 そんなある日、財務諸表の講義が始まった。

 担当教授はテレビに出演することもある有名な人だった。

 その第一声は「経営者は数字に強くなければならない。数字に強くなければ経営者にはなれない」というものだった。

 それは受講生の頭と心に叩き込むような強い声だった。

 一気に目が覚めた。


「P/L、B/S、C/Fは知っているね」


 知らない学生は教室から出ていけ! というような厳しい声だったが、受講生はそれぞれに頷いていた。

 わたしは目を瞑って、記憶を辿った。


 P/Lは〈プロフィット&ロス〉の略で、損益計算書。

 B/Sは〈バランス・シート〉の略で、貸借対照表。

 C/Fは〈キャッシュフロー〉の略で、キャッシュフロー計算書。


 すべて、企業の経営状態を表す重要な報告書である。

 だから決算発表や株主総会などで必ず報告され、株価にも大きく影響する。


「P/Lを知らない人はいないね。損益計算書だから過去1年間の売上と原価と経費と利益を表している。前年に比べて売上が伸びたのか減ったのか、利益が出たのか出なかったのか、前年と比べてどうだったのか、ということが注目点となる」


 そして教室内を見回したあと、最前列に座っている受講生に質問を投げた。


「P/Lの数値を使った経営分析にどのようなものがあるかね?」


 質問された受講生はすぐに立ち上がり、「利益率です」と答えた。


「そうだね。正確には売上高利益率と言って、売上に比べてどのくらいの利益が出ているかを表したものだね。では、売上高利益率の合格点は何パーセントだと思う?」


 すると、すかさず2列目の受講生が手を上げた。


「営業利益率でいうと10パーセントだと思います」


「何故そう思う?」


「はい。世界の優良企業はほとんど例外なく10パーセントを超えているからです。20パーセント、30パーセントという企業もざらにいます。それに比べて日本企業の営業利益率は低く、全産業平均で4パーセントくらいだったと思います。誰もが名前を知っている大企業でも10パーセントに届く企業が何社あるのか、数えるほどだと思います。ですので、多くの経営者が『営業利益率10パーセントを目指します』と言っています」


「なるほど。では、なぜ日本企業の営業利益率が低いと思う?」


 教授が重ねて問うと、「売上に比べて原価や経費が高いからだと思います」と自信に満ちた声で即答した。


「そうだね。ありがとう」


 満足したような表情になった教授は声に力を込めて話し始めた。


「日本企業の経営効率は極めて低い。1円の売上を生み出すための原価や経費が多すぎる。つまり、無駄が多いということだ。それから付加価値が低すぎる」


 そして教授は教室を見回し始め、どういうわけかわたしの方を向いた時、目が合った。


 当てられる!


 強い予感がした。

 その瞬間、鼓動が早くなった。

 しかし、当てられることはなく、「付加価値について説明できる人はいるかね?」と教室全体をもう一度見回した。


 ホッとした。

 そのせいか息を漏らしてしまったが、その時、「はい」という声が聞こえた。

 その方を向くと、最後列の受講生が手を上げていた。


「今までにない物を作ったり、斬新(ざんしん)なサービスを加えることで新たに生み出される価値です。付加価値が高いほど競争力があり、利益率も高くなります」


「そうだね。他社と同じようなものを作って販売するとどうなるか。同じようなものだから差別化はできない。そうなると訴求できるのは価格しかなくなる。つまり他社との値下げ競争だ。競合他社が価格を下げたら自社も下げる。それが永遠に続くことになる。最終的には利益が出なくなって、生産と販売を中止する事態に追い込まれる。あとに残るのは徒労感だけだ。関係者は皆、虚しくなる」


 教授は力なく首を振った。


「付加価値について真剣に考えている経営者がどのくらいいるのか」


 そこで言葉を切った。

 その途端、ベルが鳴った。

 あっという間に90分が過ぎた。


「来週の講義で付加価値についてディスカッションをしようと思う。それぞれよく考えて自分の意見を持って出席するように」


 教授はそう言い残して、教室を出ていった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ