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第5話

 実験室のドアが横にスライドして開く。実験室のドアは、緊急事態にも対応するために、電動と手動で開くようになっている。確かめるまでもない。ドアから入って来たのは、当然ながら、塚原教授その人だ。

 しかし、この人が神の眷属とは、未だに信じられない。貧乏神の奴、適当に言ってるんじゃないだろうな、と心の隅っこで思ったのだが。

 そんな俺の心情をよそに、教授は宣言するように言い放った。

「諸君、待たせたな。しかし、その価値は私が保証しよう。君達は歴史の生き証人となるのだ」

 その言葉と同時に世界が反転した。実験室の中で、台風が、強烈な嵐が荒狂っているかのようだ。そして、実験装置が次々と宙を舞う。俺はそれを走馬灯のように見ていた。いや、見ることしか出来なかった。

教授はというと、目を見開き、突然の出来事に呆然と立ち尽くしている。他のゼミ生も同じ、麻友もそれをただ、呆然と見ることしか出来ないでいた。

 実験室の喧騒は、ものの数分だろうか。ありとあらゆる実験装置が破壊尽くされると、それは自然に止んだ。残ったのは、静寂だけ。

 塚原教授の悲鳴に近い声が響く。

「わ、私の研究が…これは、どういうことなんだ? 酷すぎる。神は私を見捨てたのか? この歴史的偉業が何という有様だ…」

 その言葉に神の威厳は感じられなかった。人間である。土着の神であるが、長くに渡り、人間として生きてきた代償なのだろうか。その顔色をそっと伺うと、死人のような土気色の顔をして、わなわなと震えている。

俺も終わった。全てが終わったと思った。このゼミも研究も、これで終わりだな。自分のことなのだが、それが他人事のように感じられたのは、何故なのだろうか。

 肩に浮遊している、貧乏神が囁く。

「旦那、これは天罰ですぜ。塚原教授は、土着の神である、土蜘蛛の一族で、その長でやんす。しかし、犯してはいけない、神の領分へとその研究を進めてしまいやした。神はそれを許しません。自業自得とはこのことでやんすな」

「おい、貧乏神、俺はそんなことはどうでもいい。この研究には、俺の卒業がかかっているのだぞ。それを神の気まぐれで、壊されてたまるか。これを不幸と言わずに何と言うのだ」

「旦那、違いやすぜ。これは天罰でやんす。それが旦那に向けられなかったのは、幸いというものでやんす」

「神やお前の事情など、知ってたまるか。このままでは留年してしまうではないか。俺だけではない。麻友まで、その巻き添えを受けることになるのだぞ。お前がその責任を取ってみせろ!」

「お安い御用ですぜ、旦那。ここは、あっしにお任せ下さいな。これで、旦那のあっしを見る目も変わるに違いない」

 貧乏神が何やら、不思議な言葉を発している。呪詛なのかと思ったが、少し違う。こいつは…歌っていやがる。しかも、現在流行中のアイドルの歌ではないか。仕舞いには、歌に合わせて、奇妙な踊りまでしていやがる。

 そうか。これが悪魔なのだな、っと、思ってたまるか。それは悪夢に(うな)されるような出来事でもあった。それが俺には永遠に続くように思えたが、どうやら、終演を迎えたようだ。

「出来やしたぜ、旦那」

 この一言が何を表し、何を意味するのか、それはその直ぐ後の出来事で理解することになる。

「おい、何が出来たのだ? 特に何の変化もないが、はったりではあるまいな?」

 俺が貧乏神にそれを言うと、いきなり、麻友が倒れた。一目で、貧血の類いではないことが、医学に素人の俺にもわかった。

 麻友は倒れたのだが、床に倒れず、その数センチ上に浮いていたからだ。

「旦那、出番ですぜ」

「何の出番だよ、この貧乏神が。麻友に何をしやがったんだ?」

「お呼び下さい」

「何をだよ」

「救急車という乗り物でやんす」

「お前、麻友に何をしたんだ?」

「旦那の幸せを祈らさせていただきやした」

「それで、何で、麻友が倒れたのかと聞いているんだ!」

「まあ、落ち着いて下さいな。お呼び下さい。全ては、それからでやんす」

 これでは何の解決にもならない。仕方なく、俺は胸ポケットのスマートフォンを取り出し、『119』をタップした。約4分後に救急車は到着し、慌ただしく麻友を乗せて病院へと発車した。俺と貧乏神をも乗せてのことであるが、これは救急隊員に促されてのことで、貧乏神の奴は、勿論、おまけだ。

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