第4話
駅から大学へは、歩いて15分の距離だ。定期券があるので、お金を使わずに大学へと行くことが出来るのだが、今の俺には、自由に使うお金が無いからな、先程の寄付のお陰であるが。
「貧乏神の奴め」と心の中で奴を呪った。
大学の門を潜ると、広い校内を渡り歩き急いでゼミのある実験室へと向かった。
俺の専攻は、遺伝子情報工学である。最先端技術に触れられるも魅力だが、好きで選んだ自分の人生。難解なテーマも多いが、俺はこれが嫌いではない。今は人間の遺伝子の解明とそれを活用した、人間の能力の限界とその可能性を研究しているところだ。
「隼人君、おはよう」
そう話しかけて来たのは、同じゼミ仲間の麻友だ。研究熱心でもあるが、その飾らない人柄で、男女を問わずに人気がある。特に男から熱い視線を送られるのは仕方なかろう。その容姿は、テレビで見られるアイドルに負けはしない。いや、それ以上と言ってもいいくらいだ。ただ、本人にはその気が全くなく、今は勉学が恋人と言ったところだろうか。
「おはよう。まあ、今の時間なら、こんにちは、か」
「そうだね。何か芸能人みたい」
そう言いながら笑う、麻友の笑顔が眩しい。彼女には少なからず好意があるが、それを本人には悟られていない。
「今日の実験が、今後のこの分野に新たな息吹を、革命をもたらすかもしれないわね」
そうだ、このゼミをまとめる、塚原教授はある提案をしていた。女性であるが、まだ若くして、その名は世界に知られている。そして、その結果が今日に判明する手はずになってる。これは、ゼミだけではなく、大学、学会が世界がその動向を見守っている、重要な研究テーマでもある。
「何だか緊張するな」
「そうね。でも、これが研究の成果なので、待ちきれないのが少しの本音よ」
「そうだな。期待と不安と半分半分だよ」
正直に自分の本音を麻友に言ったが「私も…そうね。私も同じかな」麻友もどうやら、似たような気持ちらしかった。
「旦那、旦那、聞こえやすか?」
そんな緊張をよそに、突然貧乏神の奴が割り込んできやがった。
「何だよ、聞こえるに決まってるだろ。今日は大切な日なので、少しは静かにしててくれ」
「隼人君、どうしたの?」
貧乏神との会話を不審に思ったのだろう。当たり前だ。
「いや、ごめん。少し考え事をしていたからね」
「そっかぁ。心ここにあらず、って感じだったから心配しちゃった」
その時、ゼミのある実験室のドアが音を立て始めた。どうやら、プロフェッサーの登場らしい。この分野では天才との声も多い。それと同時に、変わり者との声があるのも否定出来ない。
ゼミの空気がピンと張り詰めるように変わる。皆、どこか心配げに緊張しているのがわかる。
その空気を破ったのは、貧乏神の奴だった。
「旦那、あれは人ではありませんぜ」
「何のことだよ」
塚原教授を指差し「塚原教授でやんす。あれは神の化身。土着の神でやんす。人間との生活が長きに渡り、今はその気配が薄いですが、あっしにはわかるでやんす。まあ、あっしに言わせれば、三流がいいところですがね」
貧乏神の奴の爆弾発言だった。