第3話
大学に行くために急ぎアパートを出て、駅まで歩き丁度到着した電車に乗った。貧乏神の奴は、当然のように俺の肩辺りに浮遊している。奴の存在に気持ちイラっとするが、口にも表情に出さなかった。
大学へは、アパートの近くの駅から電車で40分少々。そんなに遠くはない。今は最終年の4年目、卒業を控えているので、この時期のゼミでのレポートは大切だ。
電車は割と空いていたので、空いている座席に座ることが出来た。暫く電車に揺られ、目的地に着き駅を降りると、貧乏神の奴が突然話しかけて来た。
「旦那、チャンスですぜ」
「何がだよ」
「幸せへの第一歩でやんす」
「だから、何なんだよ」
「あそこに子どもがいますな。そして、あの箱でやんす」
「募金箱か」
「寄付しなさいな」
「何をだよ」
「お金でやんす」
「何でだよ」
「旦那の幸せのためでやんす。有り金全部でやんすよ。全部全部を寄付しなさいな」
「おい、この財布の中身を全部を寄付したら、俺の今後の生活はどうなるんだ?」
「幸せになりやすぜ」
「俺には、不幸の始まりにしか思えんのだがな」
「あっしを信じて下さいな」
「信じられるわけないだろ」
そんなやり取りをしていると、周りの通行人から囁き声が聞こえる。そうか、貧乏神が見えるのは俺だけだ。ここで独り言を言っていれば、ただの不審者に思われても仕方があるまい。
しぶしぶと腹を決めた。
「わかったよ。責任は取ってもらうからな」
そう言い、俺は募金箱を手にする子どもの前に進み出た。
子ども達は、声を揃えて「よろしければ、募金をお願いします」決まりきった台詞だと思ったが、これにケチをつけても仕方あるまい。俺はズボンのポケットから財布を取り出す。そして、紙幣から硬貨までの全財産を募金箱へと入れた。
ああ、俺の生活資金よ、さらばだ。
募金箱を持った子ども達は、金額の多さにびっくりしている。5万円以上あったからな。驚くのも当然か。
「ありがとうございます。これをどうぞ。そうですね、上着のジャケットにどうですか」
もらったのは、赤い羽根だ。それを俺は上着のジャケットに着けた。
「旦那、さすがでやんす。お見事でやんす。これこそ、男の中の男でやんす」
貧乏神の賛辞が聞こえるが、現実的に考えると、今後の生活に困るのはわかっている。
どうしてくれるんだ、この野郎。寄付したお金に後ろ髪を引かれる思いだったが、俺はその場を後にした。
「これで旦那の幸せへと一歩前進しやしたぜ」
呑気そうに言ったのは、漂っている貧乏神の奴だった。
本当に大丈夫なのかと後悔だけが大きくなる。
「おい」
「へえ、何でございやしょう?」
「本当にこれで良かったのか?」
「へい、完璧でございやす」
ここまで来ても、貧乏神の奴が何を言っているのか理解できなかった。
大丈夫なのか? 俺。