第2話
「旦那、あれはそれはそれは冷たい雨の降る日のことでやんしたな。旦那はある女性と待ち合わせをしていたはずでやんす。しかし、その女性は姿を現さず、旦那は一人、帰路へとその歩みを進めたはず」
美有のことか、こいつが言っているのは。
そうだ、俺はあの日に美有と待ち合わせをしていた。だが、彼女は現れなかった。それだけではない。彼女はその日から、その姿を消した。俺だけではなく、この町からその存在を消した。後に彼女のアパートへ行って確認したが、部屋の荷物は何一つ残っておらず、手紙が一通だけ、申しわけなさそうに俺を待っていた。
書かれていたのは一言だった。
『隼人君、ごめんなさい。さよなら』
アパートの大家さんに確認したが、引越しは一週間前に済まされ、どこへ越したのかもわからないとのことだった。
それに、あの日に俺はある決意をしていた。正確には俺達二人の大切な将来のことだ。大学に入学してからの付き合いだが、伝えたい言葉があった。共に過ごした月日が、俺には大切な日々で、幸せな日々でもあった。そして、それが今後の将来にも続くと確信していたからだ。
「思い出しやしたか? 旦那」
「ああ、記憶の片隅に追いやり、隠していたことだが、お前の言う通りだ」
「あっしにお任せ下さいな」
「何だ? 美有を連れ戻してくれるとでも言うのか?」
「とんでもない話しですぜ、旦那。あっしはこれ以上、旦那を不幸にすることは出来ませんぜ。それをした時には、そこら辺の虫にでも神に姿を変えられてしまいますぜ」
「ちっ、役に立たないな、貧乏神のくせに」
俺の皮肉をものとも介せずに、貧乏神はある衝撃的な事実を俺に告げた。
「美有さんでしたな。あの女性ですが、ありゃ、駆け落ちってえものですぜ。しかも、今は一児の母親になっておりやす」
何だって? 美有は俺と付き合っていたのではないの? それだけではなく、他に付き合っていた男がいた。しかも、そいつの子どもを産んでいるだと?
「おい、貧乏神、その話しは本当なんだな?」
「へい、神に誓って、本当でやんす」
「少し考えさせてくれ。気持ちの整理が出来ない」
「それはいけませんな、旦那。これから旦那は、学び舎、今は大学というのでしたな。学んで知識を得ることは、幸せへの第一歩でやんす。今の旦那のお努めというものでやんす。遅れてもいけやせん。参りましょう。急いで仕度をして下され」
こやつは、一体何を考えているのだ。だが、言っていることは真実であり、正しい。こうなったら、考えても仕方あるまい。今日のゼミも大切だ。俺は貧乏神の勢いに押され、急ぎ身支度を整えた。
「あっしを信じて下さいな」
「信じられるか」と言いたかったが、これは暫く、俺の胸の内に秘めておこう。
「ささ、参りやしょう」
「そうだが、お前のその時代劇の商人口調はどんな設定なんだ?」
思わず、気になっていたことが口から出たが、
「へい、まあ、何となくでやんすな。気分でやんす。お気になさらないで下せえ」
俺はそれ以上追求するのを諦めた。