第21話
春の風が気持ち良い。
桜は全て散ってしまったが、俺はこの中途半端な、梅雨に向かいつつある季節が好きだ。遠くには山が見える。緑色に染まり、目に映るそれは、俺の気持ちを落ち着かせてくれた。
ここは研究棟の屋上である。屋上に出るには、扉を開けなければならないが、ここのそれは、鍵があれど、背丈が低いので簡単に乗り越えることが出来る。
俺は何かを考えたい時に、ここを常に利用していた。一人で物事を考えるのに、気分転換をしたい時にと、ここで考えをまとめた。
それに、季節に合わせた自然が展望出来るのも、理由の一つだ。俺が見ている山は、高天原山と言われ、昔から、信仰の対象にされていた。
貧乏神の姿も見当たらない。奴め、始めから、これが狙いではないのか。俺の考え過ぎか、『サタン』と恐れられる存在が、人間である俺のチカラなど必要とはしまい。
だが、奴の狙い、世界一不幸な人間を幸せにする事。それが出来れば、奴は天界への復帰が認められる。
神との契約だと言っていた。
しかし、神とは何だ? 全てに於いて勝る存在であるはずの神。その神が与えた試練は、俺を幸せにする事。神はそれで何を得るのだ? それとも、神であるが故に、何をも必要とせず、試練を与えるのがその存在する意義なのだろうか?
考えがまとまらない。
俺は、途中の自販機で買った、缶コーヒのプルトップを開ける。ポンっと、静かな屋上に金属音が響き渡る。
一口を啜り、ふぅ~と深い溜息を吐くと、少し気分が楽になった気がする。
天を見上げれば、日本晴れに近いそれを見る事が出来たが、少しであるが、羊のような雲も見つける事が出来た。雲は形を変えながら、青空を流れて行く。
流れる雲が速いな、そう思ったが、今の俺の気持ちも同じように流れるはずはなく、只々、流れる雲を呆然と見ていた。
「ここまで来たら、やるしかないか。貧乏神、この責任はお前に取ってもらうぞ」
独り言であるが、それは宣言に近いものであった。
「皆の衆、どうやら、決心をしたみたいだ」
「そのようですね。これで私達の過去の行いも解決出来ましょう」
「しかし、まだ油断は出来ませんぞ。人間のやる事、気まぐれで終わるかもしれぬ」
「我々が、こともあろうに人間の手を借りる事になるとはな。未だに信じられん」
「そうだが、これは我々の犯した責任でもある。人間により、それが解決出来れば、それはそれで良い事ではないか」
「そうですね。本当に永い時を待ちました。全ては、あの若者に委ねましょう」
「これは終わりでもありますが、始まりでもあります。我々には、見守る事しかできませんが、これで、やっと肩の荷が降ろせると言うものです」
「全能であるが、万能ではない、か」
「チカラが強過ぎるがために、我々にも出来ぬ事がある」
「では、良いな。釈迦にもそれを伝えておこう。人間界での責任者は、彼女だ。そのために、古の時代から、人間界に留まってもらったからな」
「異論はないぞ」
「私もです」
「俺もだ」
「どうやら、全員の意を得られたようなので、それを釈迦に伝えよう」
この会話は、いつどこで行なわれているのだろうか。人間には考えの及ばない、いや、知られる事のない場所である。
そして、その会話の主とは誰だ。
この場合は、存在と言うのが正解だろう。
賽は投げられた。
全ては、世界一不幸な人間と言われた、若い男の手に。




