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第1話

 こんなことがあって良いのだろうか? 何故にその役目が俺に回って来たのだ。これは後に知ったことだが、いや、ここでは言わないでおこう。


 それはまだ肌寒い春の出来事。そいつはやって来た。俺が好んで招いたはずがない。こともあろうに、そいつは俺の肩に住み着きやがった。()いたが正確なのかもしれない。

 知る人がいれば、そいつが(いにしえ)から悪魔と呼ばれているのわかるだろう。そいつは自分の名を『サタン』と名乗りやがった。

『サタン』とは、天界から追放された堕天使のことだと多くの人は信じていると思う。それは、神話の時代から語られているからだ。だが、こいつは違う。その風貌は、悪魔の王と言うには貧相過ぎる。

 よれよれの着物、足には草履、何故に和風なのだ? 貧相な顔つきに痩せ細った体、違うな。こいつは『サタン』ではない。俺はそいつに名を付けた。『貧乏神』と呼ぶに相応しいからだ。しかも、そいつはその名を拒否するどころか、喜んでそれを受け入れた。


 そして、そいつは嬉々としてと話し始めた。


「旦那、あっしの話しを聞いて下され。損はしませんぜ。これは取り引きというもので、お互いが得をするという、ウィンウィンですな。美味しい話しでやんす」

「おい、何か和風だな。堕天使サタンともあろう者が、人間に媚を売っていて恥ずかしくないのか? お前は商人か、貧乏神」

  何なんだ、こいつは。俺の言葉を聞けば、もう少しそれらしくすると思ったが、違う。そいつは俺ににっこりと微笑みかけ、両手を合わせて、揉み手をしていやがる。

「まあまあ、それはそれ、あれはあれでやんす。時代のニーズというものですぜ、旦那」

 時代と共に、堕天使サタンはこともあろうに商人へと変わったというのか。いや、俺は元々、こういう話しを信じない。神だろうが、悪魔だろうが、一切信じていない。こいつに出会うまでではあるが。

「それで、何の話しだよ。悪魔に売る魂は無いぞ。契約して、俺の魂を寄越せと言うのならお断りだ。俺だけじゃない。他人を犠牲にしてまで、自分が幸せになろうは思っていないからな」

「まあまあ、そう言わずに聞いて下さいな。そんなに悪い話ではありやせん。それは昔々の時代遅れの悪魔のすることでやんす、旦那。あっしは違いますぜ。時代を先取りしてこそ、真の悪魔というものでやんす」

「聞くだけだぞ、いいな? 何かあったら、教会に駆け込んでやるからな」

 そう言ってみたが、俺は神など信じていない。今の時代に神が必要なのだろうか。だが、こいつの存在をどう説明して良いものかもわからなかった。

 今日は大学のゼミがある。それに出なければならないし、正直、こいつの存在自体が迷惑だ。

「手短に話せよ。時間が無いからな」

「へぇ、ありがとうごぜえやす。実は、本当は内緒の話しですがね。神からお声が掛かったので、これを達成した時には、天界への復帰を認めてくれるとのお言葉を頂きやした」

「それは目出度い話だな」

「へい、そのお手伝いを、貴方様にお願いにきやした」

「それで?」

「神の言葉は一つでやんす。この世で、一番不幸な人間を幸せにしろとのことです」

「そうか、良かったな。ってことは、俺は世界一不幸な人間なのか?」

「へい、まず、あっしの姿が見れること。それに、あっしはこれでも、元神の一員でやんす。それを見抜くことくらいは簡単ですぜ」

  俺は自分が不幸だと思ったことはない。悪い出来事もあったが、良いこともあった。その俺がこの世で一番の不幸な人間だと? こいつは何を言っていやがるんだ。こんな落ちぶれた浮遊霊みたいな、貧乏神にそれを言われるとはな。

「疑ってますな」

「当たり前だ!」

「では、一年前の雨の日を覚えてやんすか?」

「一年前の雨の日だと? 知ってたまるか」

「では、あっしが説明いたしやす」

 貧乏神が俺の肩から、す~っと、俺の目の前に姿を移す。俺は確信した。こいつは本物の貧乏神だと。その死んだ魚のような目が一瞬ではあるが、鋭さを見せたのは、俺の気のせいだろうか。

 そして、こともあろうに俺の過去を、一年前の雨の日の出来事を語り始めた。

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