第14話
「じゃあ、駅前の猫の像の前で待ってるわ」
「ああ、アパートに戻り、着替えたら直ぐに行くよ」
「隼人、忘れ物よ。これが無いと困るでしょう」
麻友が渡してくれたのは、お札が一枚。そうだった、俺は手持ちの金が一切無い。定期券があれど、これでは帰っても何ともならない。
「助かるよ、ありがとう」
そう会話を交わし、俺達は一度別れた。
大学が心配でもあったからだ。実験の失敗と、今後のゼミの方針を確認しなければならない。塚原教授に会えないような、そんな気がするのは俺の思い過ごしだろうか。このままでは、俺も麻友も卒業出来ない。留年はごめんだ。
俺の肩で嬉しそうに、誰の歌かはわからないが、多分、アイドルだろう。奴が呑気に歌っていやがる。貧乏神に塚原教授について、聞いてみる。教授の正体を知っているのは、奴とその話を聞いた俺だけだからな。
麻友のアパートから、俺のアパートへは、大学を間に挟むため、逆方向となる。一度、電車に乗り、大学で降りる駅を通過し、それから約45分を電車に揺られ、その駅で降りることになる。
約束があるので、ゆっくりとはしていられない。軽くシャワーを浴びて、急いで着替えを済ます。
その前に、新聞の記事にざっと、目を通す。大学の出来事が、そう、あの実験室での騒ぎが気になったからだ。
どうやら、新聞沙汰にはなっていないらしい。それを確認し、手荷物をまとめ、アパートを出た。
歩きながらであるが、肩でご機嫌な、貧乏神に聞いてみる。
「おい、貧乏神!塚原教授だけど、わかるか? 大学であれだけの騒ぎになったんだ。もう、こっちの世界にはいないのではと思ったのだがな」
「旦那、要領がわかって来たでやんすな。人間にするには、勿体ねえことですぜ」
当たりか。
「俺は人間で十分だ。そっちの世界へは、引き込まないでくれよ」
「へえ、塚原と名乗る、土着の神は下の下でさぁ。元は土蜘蛛で、それが長く生きて変化したものでやんす。天界の神々は、それはもう、大変なお怒りでやすぜ。暫くは、人間界に現れる事は出来ず、暗い土の中で、その時を過ごすことになりやしょう」
塚原教授は、あの分野では第一人者であり、その代役を務める事の出来る人物、俺が知る限り、世界中を探しても見つからない。それくらいに、教授の才能は秀でていたからだ。
しかし、それが人ならぬ、土着であれ、神のやった事だ。いや、そんな事は、今の段階では意味を成さない。問題は、ゼミの存続と卒業だ。留年と言う、想像していなかった言葉が、まるで貧乏神のように頭を過ぎる。
「おい、貧乏神、下の下と言えど、神は神だ。それがした事の責任は、一体、誰が取ってくれるんだ」
「旦那、察しが宜しいようで、土着といえど、神のしたことでやんす。その責は、それをまとめる、天界の神々が、いいようにしてくれているはずですぜ」
「その言葉、信じて良いのだな」
「へい、これは神の名にかけて、保証いたしやす」
「お前は堕天使サタンで、貧乏神という神だろうが」とツッコミたかったが、それは飲み込んだ。
大学の様子がわからないが、今は貧乏神の言葉を信じるしかあるまい。そうでなくては、今までの苦労が一切報われない。それだけの努力を、俺達はやって来た。
貧乏神、覚えていろよ。もしもの時は、俺がお前を呪ってやる。
駅に着くと、定期券を取り出してタッチさせた。閉まっていた扉が開き、急いで中に入り、ホームへと向かった。
時刻表を確認すると、10分後には大学行きの電車が到着するらしい。日本が誇れる、列車の管理システム。海外では、10分どころか、1時間くらい遅れては当たり前だ。しかし、日本はそれが違う。電車は予定通り、時刻表の時間に合わせて、狂いなく到着する。それは今までだけではなく、今日にもそれが言える。
電車に乗り込み、空いた座席に座ると、貧乏神から話しかけて来た。
「旦那、ここにも何かいやすぜ。しかも、高位の神の気配でやんす。こんな清浄な気配といえば、お一人しかおりやせん」
「誰だよ」
「へい、お釈迦様でやんす」
これが次の騒動の始まりなのを俺は知らなかった。
知ってたまるか。