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第12話

 拍手と歓声が聞こえる。酒瓶とお猪口が宙を舞っている。貧乏神の仕業なのだが、客はそれを見て、驚くどころか、一緒に踊る輩もいるではないか。

 麻友を見て、ドキっとした。完全に酔っている。ビールに酎ハイ、それに日本酒。これは飲み過ぎである。どうやら、宣言通りに酔い潰れてしまったようだ。

 しかし、嬉しそうに拍手をしているのは、何故だ。

 その理由が俺にもわかった。

 そうか、客も全てが、神か、その眷属であるのが、見てわかる。自分の目を疑いたくなったが、これは事実で、俺の目に狂いが生じたたわけではない。

 歓声と拍手、それに怪しげな音楽。浜屋は、今や、この世のものとは思えない光景になっていた。

「隼人、狐さんと狸さんがいるよ。それに、よれよれの着物を着た人が空を飛んでる。いいえ、私は酔ってません、あははは」

「大丈夫か、麻友」

 どうやら、俺に見えるものが、麻友にも見えているらしい。

「旦那、大丈夫ですぜ。麻友さんは、天界の酒を少しだけ飲んだようで、あっし達の姿が見えると思いやすが、酔いが覚めた時には全てを忘れてますぜ」

「そうか、安心した。って、おい、貧乏神。お前は、麻友が天界の酒を飲むのを見逃していたのか」

「旦那、そう言いなさんな。そう言う、旦那だって、飲んでいやすぜ」

「お前が飲ませたな」

「あ、バレやしたか。あっしは、ほんの少しだけ、旦那と麻友さんの酒に入れただけでさ。しかしですが、ここまでに効果があるとは、全くをもって知りやせんでした」

「お前は、悪魔か、この野郎」

「へい、そうですぜ。あっしの名は『サタン』でさ。旦那の『貧乏神』もお気に入りですがね」

 延々と続く、宴。この世のものとは思えない光景。流れる、どこの国、時代かわからない音楽。客は、人間とは呼べる存在とは、お世辞にも言えない。動物の姿に変化した者もいれば、神々しい気を放つ、そうだ。神と言える者もおり、皆がそれを楽しんでいるのがわかる。

 貧乏神の奴は、どこで仕入れたのか、流行(はや)りのアイドルの歌とダンスを披露していやがる。それに合わせて、拍手が起こり、歓声が沸き、それが店内に響く。

 まるで、悪夢か御伽噺(おとぎばなし)の世界に迷い込んだかのようだ。

 これが、永遠に続くのかと錯覚させられた。

 怪しげな物の怪の宴と言っても良い。それを仕切るのは、おやじさんだが、その正体は恵比寿様だ。

 だが、浜屋の宴会は、終了を迎えようとしていた。客の殆どが酔い潰れ、寝息も微かだが聞こえて来る。

 変わらないのは、店主である、おやじさんと、アルバイトの二人だけだ。三人共に、客に勧められ、多くの酒を飲んだはずなのだが、その表情に一切の変化が見て取れない。

 さすがに、これは神と童子だと思う。

 今日はこれで『仕舞い』だなと思い、酔い潰れている、麻友を起こさなければならない。

 そう思っていた、矢先の出来事だった。

 酔い潰れている客が、騒ぎ出したからだ。客の皆が俺を指差している。正確には、俺の胸にある『赤い羽根』だ。

「お兄さん、良いものを持ってますね」

「これは珍しい、500年ぶりに見たぞ」

「天使の羽根だ。しかも、赤い天使の羽根だぞ」

 少しであるが、身の危険を感じた。

 それを助けてくれたのは、店主である、おやじさんだ。俺が困っているのを見ると、急ぎ駆けつけてくれた。

 それには理由があっての事なのだが。

「隼人、その羽根を譲って欲しい。いや、そこの柱にその羽根を刺してみてくれ」

 他にどうしようもなく、俺は、おやじさんの提案を受け入れた。柱か、店の中心にある、立派な柱。この店の大黒柱と言っても良い。そこに俺は軽く羽根を刺してみた。

 眩い光が店内を照らす。羽根は柱に吸い込まれ、吸収された。

「良し、これでこの店も安泰だ」

 拍手が沸き起こる。店内にいる客の全てが、手が腫れあがりそうなばかりの拍手を涙しながらしているではないか。何なのだ、この行事は。

「感謝するぞ、隼人。これで、お前も俺達の仲間だ。店には好きな時に来ると良い。金はもらわんからな。好きなだけ飲んで、好きなだけ食べてくれ」

「おやじさん、ありがたい話だけど、イマイチ、意味がわからないよ」

 『俺達の仲間』という言葉が、何か引っ掛かる。俺は人間なのだ。しかも、貧乏神の奴に言わせれば、世界一不幸な人間らしい。

 そして、俺はこの店の本当の顔を、店主である、おやじさんから聞くことになった。

「この店はな。地上に降りて来る、神、神の眷属の憩いの場なのだ。最近は結界が不安定になっていたが、隼人のお陰だ。『赤い羽根』で、この店の結界が強化され、後に1000年は安泰になると思われるからな」

「旦那、良いことをしやしたな」

 貧乏神がいつの間にか、俺の肩に戻り、囁いて来た。

「こんなことで、役に立てるとは思わなかったよ」

 思ったことを言葉にしたのだが、おやじさんには、豪快に笑い飛ばされてしまった。まあ、これは俺の手に負えないので、気にかけることではない。

「では、乗り物を用意する。宴も終わったからな。特別だ、これに人間は乗るのは、隼人が初めてかもしれん。少し待っておれ。それを呼ぶからな。見て腰を抜かすなよ」

 そう言って、おやじさんは豪快に笑い飛ばせてみせた。

 何が来るのだ、と気になるが、気にしても仕方あるまい。毒を食らえば皿までだ。今までの出来事もある。酔いもあるのだが、今なら、魑魅魍魎(ちみもうりょう)が現れても驚くまい。

 それは、5分と経たないうちに現れた。

 馬車のように見えるが、その違いがはっきりと、素人の俺にもわかる。人間の俺にもわかるが、正しいだろうか。

 理由は簡単だ。この馬車には、御者がいないのだ。

「遠慮はいらん、早く乗ると良い。行き先は、こいつが決めるが、安全は俺が保証する」

 ここまで言われては、覚悟を決めねばならない。俺は、肩に麻友を担ぎ、浜屋の前に停まった、怪しげな乗り物に乗り込んだ。

 乗り心地は、そうだな、悪くない。シートは洋風だが、落ち着いた雰囲気もあり、悪い気はしない。

 動いたのを感じたが、地面を走っている感覚が伝わって来ない。滑っているようだが、もしかすると、浮いているのかもしれない。

 そして、少しの安心が、静かな時が俺を夢の世界へと導いた。

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