落語声劇「代書屋~天野幸夫伝~」
落語声劇「代書屋~天野幸夫伝~」
台本化:霧夜シオン@吟醸亭喃咄
所要時間:約15分
必要演者数:2名
(0:0:2)
※注!この噺は故・六代目三遊亭円楽師匠及び、故・桂歌丸師匠が存命中
に六代目円楽師匠が作った落語「代書屋」のパロディです。
もし演じていただける際は、そこをご理解なさったうえで演じてい
ただけると幸いです。
※当台本は落語を声劇台本として書き起こしたものです。
よって性別は全て不問とさせていただきます。
(創作落語や合作などの落語声劇台本はその限りではありません。)
※当台本は元となった落語を声劇として成立させるために大筋は元の作品
に沿っていますが、セリフの追加及び改変が随所にあります。
それでも良い方は演じてみていただければ幸いです。
●登場人物
天野幸夫:ご存じ、笑点メンバーにして現在落語芸術協会の参事を務めら
れている、三遊亭小遊三師匠の本名。
※この噺ができた時はまだ落語芸術協会副会長でした。
代書屋:今でいう司法書士とか行政書士。
●配役例
天野:
代書屋:
※枕はどちらかが適宜兼ねてください。
枕:あたくしどもの芸名と言うのはもう、お客様ご案内のとおりでござい
ますがね、きちんとみんな、本名を持っているんでございますよ。
今日は特別に全員の本名をご紹介させていただきます。
まずね、司会者の桂歌丸師匠、
本名を椎名巌ってんです。
すごいでしょ、巌ってんですよ。
巌窟王かなんかの巌って字です。
巌って体じゃあないでしょ。
椎名骨ってもんですよ。
で、私の左隣、秩父出身のね、たい平さん。
この人は田鹿明ってんですよ。
田んぼの田に鹿って字を書くんです。
で、これ聞きましたらね、明治になってみんな四民平等
になる、名字をつけなくちゃいけないってんで、
村長が皆を集めましてね、
「おめぇんとこは、そばに小川が流れてっから小川にすべえ。」
「おらんとこはどうすべ」
「おめぇんとこは中ぐれえの川が流れてっから中川だ。」
「おめぇ長瀞のそばだから、おめぇは大川にすべえ。」
てんでね、その土地の名前をどんどんどんどん付けてったんですな。
で、
「あ、おめぇはな、田んぼの中に家があるから田中だ。」
「おめぇ鈴木にすべえ。あの豊作祈って鈴の木立てる、
あれが鈴木だ。」
てんでだいたい農業が多いですな、日本人の名字はね。
えーそれで、田鹿明の先祖が、
「あの、すいません、おらんところどうすべぇかね?」
「そうだなぁ、おめぇんとこの田んぼには鹿がよく現れる。
鹿が来るから田鹿にすべえ。」
てんで、田鹿になったんですよ。
で、あたしのこっち隣り、昇太さん。
田ノ下雄二ってんですよ。
田んぼの田にちっちゃなノを書いて下。
静岡県の清水出身ですか。
これもやっぱり明治時代に皆が作っている田んぼの下の方で田んぼを
作った。
だから背も低いでしょ。
だからお前んとこは田ノ下だってんで、田ノ下になったんですよ。
木久扇さんは豊田洋ってんです。
豊かな田んぼと書いて、豊田。
やっぱりあの、農業が多いですな。
で、変わっているのが好楽さんですよ。
家入信夫ってんです。
調べましたらね、これはもともと熊本の方がルーツなんですな。
で、熊本に本家でもって、家さんてうちがあるんです。
そのまま家って書いていえさん。
そこへ婿やなんかで入っていったのが家入、
そこから追ん出されたのが家出さんなんですよ。
神明さんにございますからね。
で、大月出身の小遊三さん。
この人は天野幸夫ってんです。
小遊三さんが天野幸夫であるというのはなぜか。
これは私が今から作りました落語の中にございましてね。
この名字を使うというのはまぁあの公文書ですとか、
あるいは病院公的な所が多いです、ええ。
きちんとした本名を使いますからな。
だからそう言ったもののところでもって、
行政書士とか司法書士、こういったものを使って書類を書いてもらい
ますが、昔はこれは代書屋と言いましてね、
「儲かった 日でも代書屋の 同じ顔」なんという
古川柳が残っています。
昔は無筆の者が何かを書いてもらうんで、大変インテリでございます
。
その商売、そういう所へ飛び込んでいく奴がいると、
噺がすぐ出来上がりましてね。
天野:おう、ここかぁでぇしょ屋!
おう、でぇしょ屋かここァ!でぇしょ屋!
おいいるかでぇしょ屋!
おいでぇしょ屋、でぇしょ屋でぇしょ屋でぇしょ屋ァ!
代書屋:うるせえなこの野郎。
なんなんだよ。
天野:おぅいたな。
おい、でぇしょ屋だな?
代書屋:そこへ座れうるさいな。
ぱーぱー言ってないで。
うちは代書屋だよ。
天野:そそそ、でぇしょ屋でぇしょ屋。
アレ書いてくれあの、「じれきしょ」ってやつ。
代書屋:…何?
天野:じれきしょ。
代書屋:あぁわかった、それを言うなら履歴書だ。
天野:そそそそそ、そのじれきしょ。
代書屋:少し訛ってるよ。
紙はあるのか?
天野:ねぇからここへ来たんじゃねえかよ。
書いてくれよ。
代書屋:あ、そうか。
じゃ、こっちで書いてやるからな。
えーとまずな、姓だ。
天野:なに?
代書屋:姓だよ。
天野:背?背ァ五尺三寸だよ。
代書屋:その背じゃないよ。
姓名、な、苗字と名前だ。
あるんだろ?
天野:あるよ、知らねーのかよ。
福山雅治だよ。
代書屋:福山雅治って顔じゃないよ。
きちんとした名前が無いのかい?
天野:ないわけねぇーじゃねーか。
俺ァ幸ちゃんだよ。
代書屋:なに?
天野:幸ちゃんだよ。
小せえころからみんな、幸ちゃん幸ちゃんて呼んでたんだよ。
親父だってね、死ぬ前に「おい幸ぃこっち来い、おい幸ぃ。」
って皆が幸ちゃんて呼んでたんだ、俺ァ幸ちゃんだよ。
代書屋:それは愛称と言うんだよ。
きちんとした苗字と名前があんだろ。
天野:ほんとは知ってんだよ。
俺の本名はな、天野幸夫てんだぃ。
代書屋:あまのゆきお?
どういう字を書くんだい?
天野:いいよ、おめえの方で適当に見つくろってなんか書いとけよ。
代書屋:そうはいかないよ。
きちんとしたもんなんだから、順に聞いていこう。
あまのの「あま」はどういう字だい?
天野:天罰の天。
代書屋:天気の天とか天使の天と言ったら良さそうなもんだ。
「の」はどういう字だ?
天野:野糞の野。
代書屋:汚いな。野菊の野くらいの事は言えないのかい。
「ゆき」って字は?
天野:不幸の幸。
代書屋:幸せと言いやいいんだよ。
ぇー、幸おの「お」だよ。
「お」は多いんだよ。男かい?
天野:男だよ、見りゃわかんだろ。
男だよ、立派な男だよ。
ぶら下げてるから。
代書屋:そうじゃない。雄って字もあるんだ。
雄かい?
天野:雄だよ雄だよォ、サカりのついたオスだよぉ。
代書屋:そんなこと聞いてないよ。
知らないのかい?
天野:ほんとは知ってるんだよ。
ひとでなし、って字だよ。
代書屋:…なに?
天野:ひとでなしって字。
代書屋:そんな字は無いよ。
天野:あるんだよ知らねェのかい、
でぇしょ屋のくせにひとでなしって字。
人って字を書いて、二本の線で消すんだよ。
代書屋:そりゃ夫って字だよ。
どういう覚え方してんだ。
ぇ~天野、幸夫な。
次は…生年月日だ。
天野:生年月日?
なんだその生年月日ってな、食った事ねえな。
代書屋:食べ物じゃないよ。
生まれた日の事だよ。
天野:なに?
代書屋:生まれた日を覚えてないのか?
天野:覚えてる奴がいるかよ。
生まれた日の事?
だしぬけに明るくなった、ってそんな奴はいないよ。
知らねえよ。
代書屋:そうじゃない。
あの、何年何月に生まれたって言うのがあるんだよ。
~~じゃわかった、いくつになる?
天野:二十歳だ二十歳。
代書屋:二十歳…?
二十歳には見えないな。
天野:見えねえったって二十歳だよ。
死んだ親父が二十歳の時に、
「おぉい幸ぃ、幸ぃ、お前ちょっと枕もとへ来い。
…お前も、もう二十歳なんだから、しっかりするんだぞ。」
ってころっと死んだんだ。二十歳だよ。
代書屋:…何年前に死んだんだ?
天野:二十六年前。
代書屋:四十六だ、こっちで調べりゃわかるよ。
何月何日だ?
天野:お雛様の前の日!
代書屋:三月二日となぜ言えないんだよ。
ぇー本籍だ。本籍どこだい?
天野:山梨県の大月だよ!
代書屋:大月…?
大月ってと、郡内か。
天野:郡内ィ?
おめぇ郡内って言うとこを見ると、山梨の人間か?
代書屋:あたしゃ国中だよ。
天野:国中かいおい!
こんな、わけわからないこと言ったってこれ、山梨だからいいけど
もよ、世間じゃわからねえぞ郡内だとか国中ってな。
代書屋:…まぁいいや。
え~大月か。
次は学歴だ、学校行ったんだろうな?
天野:学校?行ったよォ、小学校行ったよ。
代書屋:なんて小学校だい?
天野:都留小学校だよ都留小学校。
校長先生が椎名巌ってんだ、ハゲ頭。
だから都留小学校。
代書屋:誰もそんなこと聞いてないよ。
卒業はしたんだろうな?
天野:したよォ、一番先に卒業したんだ。
代書屋:なに?
天野:二年で卒業した二年で。
代書屋:お前ね…それ中途退学てんだよ。
あんまり世間で言わない方がいいよ。
ぇ~中退とは書けないな…都留小学校卒業、とな。
えーと、次は職歴だ。
今までやった職業は?
天野:え?
代書屋:今までやった仕事だよ。
天野:ぎんなん拾いだよぎんなん拾い。
代書屋:…ぎんなん拾いは書きにくいな。
ん~、季節労働に従事す、と。
天野:うまいねェおいでぇしょ屋ァ、そうだよ季節労働だよ。
代書屋:他には何やった?
天野:自動販売機の下ァさらってた。
代書屋:そんなのは商売じゃないよ。
自動販売機の下、何を使ってさらってたんだ?
天野:え、シュロ箒。
シュロ箒が一番でぱぱぱぱってやるといろんなのが出てくるんだ。
代書屋:…そうか。
ぇ~町内の清掃に従事す、と。
天野:うめぇじゃねーか、さすがだなでぇしょ屋ァインテリだな!
自動販売機のある家ァ喜んでたよ、下が綺麗になるってな!
代書屋:誰もそんな事は聞いてないんだよ。
ぇ~と、バツは無いだろうな?
天野:なに?
代書屋:バツだよ。
天野:バツ?
あるんだよォ。
代書屋:あるのか?
天野:あるんだよぅ、あの試験てのか?小学校の時の。
みんなバツ、バツバツバツ、バツバツバツ!
あっ【手を叩く】一つだけマルがあった!
天野幸夫、マルって!
代書屋:それは〇点だよ。
そんな事も気がつかないのかい。
警察に捕まった事はないだろうな?
天野:ぁぁ逃げ切ったね。
二度逃げきってるよ。一度が食い逃げ、一度が痴漢。
代書屋:そんなものは逃げ切るんじゃないよ、バカだね。
だけどお前、この履歴書、いったい何に使うんだい?
天野:え?噺家になるんだよ噺家に。
代書屋:噺家になるのに、履歴書がいるのかい?
天野:いるんだよ。
公益社団法人になったからきちんとした者しか入れねえってんだ。
履歴書持って来いってんで、それで頼んでんだ。
だからこうやって書いてもらってんだ。
代書屋:ぁそうかい。
落語家になるのに履歴書がいるのかい。
じゃああのな、心証を良くする為になーー
天野:なんだいその「しんしょう」ってな?
志ん生ってのは落語家だよ。
代書屋:古今亭志ん生じゃないよ。
心持ちを良くする為にな、やりたい噺なんか書いておくといいん
だ。
やりたい噺はあるかい?
天野:軽い噺軽い噺、人情噺とか鰍沢なんてやりたくねぇめんどくせーから。
軽い噺だい。
代書屋:おもに軽い噺を得意としたいと。
将来の夢なんか書くといいな。
天野:将来の夢は副会長だ副会長。
代書屋:会長にはならないのかい?
天野:会長にはならねーや。ジジイがいるんだ、ひとり死なねーで。
あのジジイがいる限りは会長になれねーんだ。
俺ァ副会長だ。
代書屋:副会長でいいの?
天野:副会長ったってただの副会長じゃねーぞ。
代書屋:どんな副会長だい?
天野:便所でお尻を拭く会長。
代書屋:冗談言っちゃいけねえ。
終劇
参考にした落語口演の噺家演者様等(敬称略)
三遊亭円楽(六代目)