④『武神』の息子
「いいですよ。決闘場は空いていますか?」
セレナがアホ──というよりこちらの認識をあまり理解してくれないのでマジで不毛だったインタビューを終えた後、決闘をしてください、と高坂恭介————高坂先生に頼むと、あっさり承諾して決闘場の空きを後ろの先生に確認しだした。
いざとなったらセレナのカードを切るつもりだったが――
「舐めてるんですか」
「いいえ?武神の息子にして剣闘技のタイトルを総舐めにしたあなたを、ただの子供だとおもったことはありません。それに──」
高坂先生は駄々っ子に言い聞かせるような侮蔑の視線を僕に向けた。
「どうせ人間の召喚獣をカードに決闘を申し込むでしょう。他の学生と違って私たち教師はあなたの王剣使いとしての能力をデータとしてもらっています。セレナは王剣使いなんでしょう?それも幻想種の。――大人を舐めてるんですか?」
『あるじ、あいつ強いぞ』
「そうだね」
王の刻印からセレナの声が響く。
召喚獣は大蛇。接続不良を起こしたとはいえ、親父はそこらの王剣使いに倒せるような男じゃない。
大蛇に西洋剣。シンプルだ。素早い蛇で捕らえ、剣で切り伏せる。王剣使いの基本中の基本の戦法。
しかし基本とは剣と同じで揺るぎないから基本足りえる。その基本を気が遠くなるほど繰り返し、研ぎ澄ませ、王剣協会の席まで登りつめた強者の気配。
それでも。
《エーテル展開。各自、星幽形態で喚起の詩を唱えてください。戦闘開始十秒前》
「喚起の詩、『這いより出でて牙を向け』」
「喚起の詩、『月より輝け君の夜』」
「喚起の詩、『何より輝けわたしの王』」
《デュエルスタート》
「十秒で召喚獣にも喚起の詩を実行させましたか。見かけによらず物覚えはいいのかな?」
速攻で向かわせようとした蛇を足元に戻す。
「見かけによらずってなんだ!セレナは強いぞ。『三日月』!」
光る斬撃が、セレナの白い剣から空間を歪ませ獲物に向かって翔ける。
「従者の剣身」
爆発音がして、僕は呼吸に意識を集中させていた。
「授業の時間です。一部の卓越した権能操作を極めた王剣使いは、召喚獣を王剣と融合させ、己の力を何十倍にも高めることが出来ます。「堅鬼」————わたしの体を硬く、重く、それでいて速さには影響が出ないという、ありふれた権能でも、この程度ではかすり傷一つ負わないくらいにはね」
サイキングアップ、という概念がある。アスリートはリラックスした状態で良いパフォーマンスを引き出すが、ある程度興奮状態でもいなければいけない。そのバランスをとるため、精神を興奮状態にコントロールするあらゆるルーティンの総称だ。
僕は物心つく前からそれを無意識に行っていた。教わる前に身に着けてしまったがゆえにリスクが高く、教わる前から使えていたがゆえにフロー状態にまで容易く辿り着けるルーティン。
僕は息を止めていた。
「あなたの権能も、たしかありふれたものでしたね。過剰加速でしたっけ?ここらでやめておきませんか?お互い忙しい身でしょう」
「『従者の剣身』、神話の冠、共に二重実行」
「な—―――」
ああ、その顔が見たかった。その「全部お見通しです」みたいなオトナ面が剥がれる顔が。これがお前らが潰そうとした、オレがお前らがとるに足らないとした『武神』の道場の筆頭生だ。
エーテルに覆われた決闘場全体が爆散する。
『過剰な衝撃』でエーテル保護を貫通して、会場が壊れることを想定した「修羅場」を使わないからだ。『舐めてるんですか』って聞いたのに。