②月は無邪気な夜の女王
「一夜!一夜!セレナはあるじがずっと喚んでくれるのをアヴァロンで見ながら待ってたぞ」
「アヴァロン?お前アヴァロンから来たの?」
アヴァロンと言えば、伝説で最古の王が眠るとされる異世界だ。
「下僕はみんな喚ばれるまで、アヴァロンで自分の王様を眺めてるぞ」
「は?喚ばれるって、クラウン・ゲインを投与されるまでは王剣使いじゃねえだろ」
「王様は生まれて死ぬまで王様だぞ。《詩》にそう書かれてるから」
「《詩》ってなんだよ」
「アヴァロンの、《詩》」
「あのさ、そのお前の居た場所に、死んだ男のにんげ──」
「跡継ぎくん、一夜くん、ちょっと待って。お嬢さん、お嬢さんは一夜くんの召喚獣で間違いありませんか?」
「セレナは一夜の下僕だぞ!」
「つまり召喚獣ということですね」
「?」
セレナはうつむいて、朝霧で紡いだような白く、薄い手袋に包まれたちいさな指で顎を支えた。
「あー、セレナ。召喚獣ってのは下僕のことだ」
「セレナは一夜の召喚獣だぞ!」
「しかし、今まで人間の召喚獣というのは聞いたことがありませんが」
「アヴァロンは広いからなー。セレナもセレナ以外の人間と会ったことないな」
金髪はこちらを向く。
「一夜くん。爵位返上は保留に出来ます。その代わり──」
「セレナの研究だろ。研究で一ミリの薬を飲ますのも、針一本の傷をつけるのも、インタビューもセレナの許可なしでやるのは駄目だ。僕を脅しに使うのも無し。この娘に嘘がつけると思うか?セレナが嫌がることしたら、すぐわかる。そうなるように繋がってるみたいだ」
「————思いませんし、そも召喚獣が主に嘘をつけると思ってませんよ。本人の意思を確認したらよし──という認識でいいですか?」
「セレナがいいならいいよ」
「申し遅れました。私、国立王剣協会所属の高坂恭介と申します。聖翔学園の教師を勤めております。————「接続不良」を起こしたとはいえ、かの「究極の身体強化」、「刀神」に並ぶ「武神」がこの程度で死ぬとは露ほども考えませんが、王剣使いの治療設備がある病院に連絡しましょう。仁藤家の処遇は後日また、ということで」
──こいつ、やっぱり知ってたんだ。接続不良でチカラを引き出しづらくなってたこと。星幽形態なら父さんはまだ無敵なのに。誰にも負けない「武神」なのに。
「決闘」による選別は戦士としての戦闘能力を測るため、星幽形態は禁止だったらしい。親父の入院の世話をしているうち、協会からの手紙が来た。
長ったらしいが要約するとこうだ。
人間の召喚獣の研究、主にインタビューによる召喚獣の意識、経験、性質の調査を行う代わり、聖翔学園へ仁藤一夜を「特例生」として入学許可をする。
在学期間中、仁藤家の武家の地位のはく奪は保留。
在学期間に、全国高等部の王の中の王の称号を得られなかった場合、仁藤家の武家の地位ははく奪とする。
「聖翔学園は『王剣使いの解成』なんて呼ばれてた名門校で、協会にもOBは沢山いるのにここ数年、全国大会の成績は今一つだったからな。少年部の王の中の王はその後のキャリアで大きな力になる。
要は協会の中の学閥戦争の駒としてお前を育成出来ればラッキー。そうならなくてもこっちは痛くも痒くもないってことだな」
二週間で回復した親父は内容を聞くと笑った。
「少年部だろうが、王の中の王はそうそう獲れる称号じゃあねえぜ。おら、備品片づけろ。老いて枯れても「武神」、この仁藤武蔵が直々に王剣使いの戦いを後半年でみっちり身体に叩きこんでやる」
「退院初日からそれかよ」
「なあに、星幽形態なら心配いらねえよ」
「つっても──喚起の詩、『月より輝け君の夜』」
「あるじーーー!」
「こいつがどう戦うんだよ」
「女の子でも召喚獣だぞ。強いんじゃねえの?」
「馬鹿かよ、熊や大蛇じゃなくて人間だぞ。こんなちっちゃいのが──」
「セレナは強いぞ!」
そう言ってとんっと一足ぼくらから離れて、右手を掲げる。
「喚起の詩、『何より輝けわたしの王』————おいでフェンリル!神話の冠!」
セレナの手の甲から、紋章が光として薄い手袋越しに浮かび上がる。満月に似ているが、月の影の部分がウサギではなく狼の形をしている。
綺麗な、れっきとした、「王の刻印」。
そうしてセレナの手には月や星の光の様に真っ白に輝く刀。
隣には、狼と呼ぶにはあまりにも大きい、一目で幻想の中の生き物だと分かるほど巨大な灰色狼が現れた。
「幻想種──セレナは王剣使いか!こいつぁおもしれえ、おもしれえぞ!この歳になってまた幻想種持ちとやれるなんてよ!神話の冠の権能はなんだ?お嬢ちゃんの権能はなんだ?長生きはするもんだな!」
僕は少し別のことに意識があった。セレナが王剣を抜いた時、僕の頭に喚起の詩のときと同じように言葉が浮かんだのだ。
「神話の冠、二重実行」