①新たな王の誕生へ
王とつるぎと召喚獣と読みます
王剣使い。
それは通常兵器では到底倒せず、拳で壁を割り、ひとなぎで一個大隊を屠る世界最強の戦士。
喚起の詩を唱えれば、効き手の甲に刻まれた「王の刻印」が輝き出し、下僕たる召喚獣とこの世でその人だけの聖なる剣、王剣を喚び出し、権能と呼ばれる魔法で誇り高く戦う。
王剣使いになる方法は、恵まれた人にとっては簡単だ。
今、僕の手にあるシリンダーを首に突き刺して中の銀と青が混ざったような色の液体、「クラウン・ゲイン」を投与すればいい。神話によると、魔法使いにこの薬を貰った少年がこの世界に生まれた最初の王様だったという。
「クラウン・ゲイン」は上流階級の人間の子供に国から送られてくる。
だから、代々優秀な王剣使いを輩出してきた武家の子供の僕はいつでも世界最強の戦士になれる。
ならないのは、王剣使いになれば王剣使い以外の人生を選べないからだ。一生死ぬまで戦うとか、普通の人は光栄に思うらしいけど僕はちょっと迷ってしまう。
『呼んで、呼んで、私の王』
ほら、クラウン・ゲインを手にしてから変な声も聞こえるし、これは親父に返そう。
そう決めて、散歩から自宅の道場に帰った。
自宅を間違えた、と思った。
道場の屋根は半分吹き飛び、備品が散乱し、庭に面した壁は大きな穴が空いていた。
「一夜……」
そう言って血塗れで壁にもたれかかっていたのは王剣使い、誇り高き侍、俺の親父だった。
「へへ、もう少しゆっくり帰ってくりゃいいのによ、だせぇとこ見せちまった」
「なんだよ親父、なにがあったんだよ!」
「おや、跡継ぎですか」
無事な方な壁から声がした。
見ると騎士のような銀色のレイピアと、大蛇を従えた金髪の青年が立っていた。
王剣使い。
「大方、引退間近の老体を戦わせたくないと跡継ぎが自分の為に王剣使いになること決めるのを避け、決闘にその老体を引きづってきたというわけですか。それならば、さっさとこんなおんぼろ道場の看板を下ろし、武家の地位を返せばよかったものを。クラウン・ゲインは無限にあるわけではないのです」
親父はなにも言わない。
「武家の地位を返すって、道場閉めるって、なんだよ、それ」
「クラウン・ゲインを配り過ぎだという意見が国立王剣協会で上がりましてね。弱い王剣使いの一族には今後クラウン・ゲインを配布しない。従って協会から派遣された王剣使いとの「決闘」に負ければ爵位も返上させる、そう決まり、仁藤家は敗北しました。この道場は終わりです」
『呼んで、一夜、呼んで』
召喚獣の大熊を撫でる親父。汗臭い練習。門下生で王剣使いの兄ちゃん達の笑顔。
「勝てばいいんだろ」
「ふむ、本来決闘は先程の一戦で終わりですが……そうですね。私に一太刀でも与えたら、東京王剣高校への入学を許可しましょう。
卒業までの三年間で、高校生の王の中の王の称号を得られれば爵位返上はなかったことになるよう取り計らいます。
天才なんでしょう、貴方。
私はね、もうとっくにあなたが王剣使いになっているものと思って戦うのを楽しみにしていたんですよ」
『喚んで!一夜!喚んで!』
僕はポケットのクラウン・ゲインのシリンダーを首に突き刺し流し込む。
周囲に銀灰色の光が吹きあがり、舞い踊る。
手の甲に剣のようにも、樹の様にも見える紋様が浮かぶ。
首から心臓に到達、鼓動は明確な意志と意味を持ち拍動する──足先手先内臓脳天を液体窒素で洗浄されるような快楽に分類される破壊、そして創造によって細胞の一つ一つが讃美歌を歌いだしそうな勢いでこの世の物とは別、もっと高みの物で創り変えられていく。
魂は透き通って彩られ、それは宝石の炎。炎の宝石。自分という現象が交流電流から極彩の旋律に変わり、青い照明は透明な物語と変わっていく。
「契約の証、『月より輝け君の夜』」
「王の刻印」が輝き、夜空の限りなく深い青のような、美しい黒色の日本刀が右手に召喚された。
そして隣には、
「……へ」
「はあ?」
隣には、妖精のような服を着た、光を反射すると銀に輝く白い髪を膝の下まで伸ばした、天使そのものの美しい少女がそこにいた。
月。
月の女王。
彼女は至高な夜の女王だ。
思考の止まった頭にそんな言葉が浮かぶ。
少女は翡翠のような瞳をキラキラさせて、我慢しきれなくなった犬のように僕に飛びついて来た。
「あるじーーーーーー!!!セレナが来たぞーーーーーー!!!」
「……なんですか、これは」
僕に聞かないでくれ。