Episode.003
「んーー!今日もお疲れ様!今日も頑張った自分偉いっ!」
17時。ようやく最後の授業が終わった。
“いや…最後の数理学、私がほぼインテグラル解析してたじゃん。君はただ私がやってるの眺めてただけでしょ。”
ひどい毒舌が飛んでくるが無視する。サザンカはかなりの頻度でひどいことを言うのだ。これくらい気にしていては気が持たない。
「あ!クロシェット、もしかして今からもう帰る?」
「うん、君さえよければ一緒に帰る?」
僕に、いやこの身体「クロシェット」に声をかけてきたのは、ちょっと不思議な友人、アベリアだ。
ここでこの身体と、名前のことを少しだけ補足しておくとしよう。
僕のコードネームはエリカ。元々この身体に宿っていた魂の仮名がサザンカ。
そして、僕とサザンカが使役する、この身体の名が「クロシェット」なのだ。
母親を始め、現実世界の人間たちは、僕らのことをクロシェットと呼ぶ。
そりゃそうだ。サザンカが僕を召喚したことも、僕が代わりにこの身体で生活することが多いのも、何一つ皆知ら
ない。正直僕が「真の名」を得たところで、結局この現実世界でクロシェットと呼ばれるのは変わらないだろう。
さて、補足はここまでにして、アベリアの話に戻ろう。
アベリアは、一言でまとめると、「全員が認める不思議ちゃん」だ。
入学式の日に初めて話して以来、出席番号が隣ということもあって、なんだかんだでずっと一緒にいる。
急に「代理ロボット」の話(彼女なりの発明なのだろうが僕にはさっぱりわからない)をしてきたり、そうかと思えば視力矯正装置を忘れてきて「見えないよーー!」と騒いでいたり。
わけわからなさ度はおそらくあの風の子達とほぼ一緒だ。
恐ろしいことにわけわからなさは誰の前でも健在で、そのせいでアベリアってどんな子?と聞けば、ほぼ100%「不思議ちゃん」と言う答えが返ってくる。どんな教育(?)を受けたらそんなことになるんだ。
しかし、わけのわからないとしても、悪いやつでないことだけは確か。
一日学園にいるだけでホームシックになったといっていたり、ちょっと母親に依存しすぎている気もするが…別に彼女が困っている空気もないし指摘はせずに放っている。
と、ここでしばらく運行表を見て考え込んでいたアベリアが口を開いた。
「うん!あ、今日は17時10分発の電車に乗れそうだからいそごー!」
「えええ!?あと3分だよ!?とにかくわかった、急ごう!」
どうやら間に合いそうか計算していたようだ。そしてまさかのあと3分後の電車に乗ると言い始めた。
全力ダッシュしてようやく間に合うかどうか微妙な電車に乗ろうとするとは無謀にも程がある。
計算する前に出ればよかったのではないだろうかと思ってしまうが、だがまぁそんなことを言ったって仕方がない。今僕には彼女しかまともな友人はいないのだ。彼女の機嫌を損ねるわけにもいかない。
母親と比べればこんなの余裕だ。無茶な提案ですらない。
そう自分に言い聞かせながら猛ダッシュでゲートを通り抜け、駅まで走る。
幸い信号待ちもせずに済んだため、電車が来る30秒前に到着できた。
「よかったーー、まじで死ぬかと思った」
「あっはは…ごめんねクロシェット、めっちゃ走らせちゃったね…でもこれ乗らないと次10分後まで電車ないんだよなぁ…」
「そういえばそうだった…」
「うん…ところで今日の現象学、難しくなかった!?てか絶対教授機嫌悪かったよね!?」
「うんうん!!アベリアがきちんと教授の質問に答えれてなかったら爆発してたよ!!」
他愛もない話をしながら電車に乗り込む。
母親に「17時6分発の電車に乗る!アベリアと一緒に帰るね!」とメッセージを送るのも忘れない。
これをしないと高確率で「今どこ」だのなんだの大量にメッセージが来るし、ひどい時には自分語りに付き合わなければいけなくなる。
「うんうん!爆発は芸術だけで十分だよね!」
「爆発といえば、今日のインテグラル解析爆発しそうだった!!」
「えー、クロシェットめっちゃすらすら解いてたじゃん、でも確かにあれ教授でも一回ミスってたもんね…」
僕がメッセージを送信する間も、アベリアは喋り続ける。
彼女はかなりのお喋りなので、いい感じに合わせてあげる必要がある。
たまに話が噛み合っていない気もするが…互いの得意な分野がずれているせいだろう。
雑談しているうちに、気づけば別れる地点まできていた。
「また明日ねー!」
「うんまた明日〜!!」
にこっと笑いながら別れて、完全に1人になったところでため息をつく。
“やっぱり、限界が近いなぁ…”
ーー”そろそろコードネームだけだと…”
ふと、朝の言葉が脳裏をよぎる。
名前を持たない僕は、ただでさえ今無理やり生きて適応することにかなりのエネルギーを消費している。
その上で、ほぼ休みなく仕事をし続けているのだ。
そのせいだろうか、はたまた疲れが溜まっているだけなのか。夕方になれば、虚無感と不安で心がいっぱいになる。無視すること、無理することには慣れきったが、どうにも身体が持つ気もしないのだ。
しかし、名前が思いつかないのもまた事実。
どうにか名前を見つけられる機会があればいいのだが…
色々悩みながら電車を乗り換え歩くうちに、家の前まで来ていた。
憂鬱な顔をするわけには行かない、ここはきちんと笑顔を頑張らなければ。
「ただいまー!!」
そう笑顔で叫びながら、僕は家の扉を開けた。
好き放題書いていますが、ここから先はさらに色々まぜまぜどっかーんして行こうと思います。