Episode.001
“わかったわかった、起きたってば、おはよう!”
投げやりな声と共に身体が起き上がる。
起き上がってくれさえすれば、あとは僕の出番だ。
“ん、この後は僕に任せな”
こう声をかければ、彼女は自分の世界に遊びに行くはずだったのだが。
“い、いつもありがと…今日は様子、見てもいい?”
珍しく彼女から、謝礼と僕の様子を見たいという依頼があった。
別に彼女がくっついていようがいまいが、僕のやることは変わらないので関係ない。
ただ、急に礼を言ってきたのには少し引っかかったので尋ねてみた。
“いいけど…なんかあったのかい?”
“うーん…なんもないけど、ただ、いつも私にはできない劇をするから、すごいから見たいなって思って”
“何もないならいいんだ。僕は君が頼んだ仕事をしているだけだし、これくらいできなければ役者として失格だろう?まぁいいや、ついておいで”
あまり釈然としない返事が返ってきた。誤魔化しているとは思わないが、急にどうしたのだろう。
まぁこんなことで朝から時間を取られていては始まらない。まだ劇を始められてすらいないのだ。
寝室を出て、洗面所に降りる。
髪を櫛で綺麗にとかし、まずはリハーサル。声出しからスタートだ。
「あーあー、よし、調子はおっけー、頭の回転問題なし!」
“さぁ、僕の舞台の始まりだ!”
このルーティンで頭の回転のスイッチをオンにすれば、怖いものなしだ。
この身体がしっかり朝型だからだというのもあるが、寝不足をうまく補ってくれる。
意気揚々とリビングに入る。
卵焼きにししとう、ソーセージにハンバーグ。見事にお弁当の具材がお皿に並んでいる。
「おはよー!」
明るく声をかけてやれば、「おはよう、用意ちゃんとできてる?」返事が返ってきた。
声の主はサザンカの母親だ。
彼女のことは今は深くは語るまい。どんなやつかは、劇が進んでいけば自ずとわかるだろう。多分。
「うん、今から身支度してくるね!」
そう言って用意に向かう。にこにこ笑顔で、楽しそうな感じも忘れずに。
こうしたちょっとした動作が、「機嫌の理解」を助けてくれる。
用意が済めば、次は朝食だ。
この身体は余程のことがないと食欲が湧かないので、なんとか美味しそうに食べて見せる。
主食だけだからと安心していたら。先ほどの「お弁当の具材」が大量にこちらにやってきた。
「ごめんね、お米が炊き上がっていなかったの。だから、あなたの分のお弁当、今日は作れない… 一番融通利きそうだから…カフェテリアで食べてくれる?こんなの初めてよね…その代わりと言ってはなんだけど、これ朝ごはんに食べてちょうだい」
別にお弁当なしになったこともカフェテリアで食べることも反対はしない。
ただ、自由な小遣いが減り、唯一買うことが許されているあのヘッドフォンまでの道のりが遠くなるだけの話だ。それにしても…朝から昼食分のおかずを全部食えとは。
正直僕にとってはドン引きなのだが、もちろんそんなこと顔には出さない。
「ううん、全然大丈夫!ありがと!美味しそ、いただきますー!」
“すご…私だったら「え」ってなっちゃう…お弁当無しになったら理由わかってても悲しくない?”
食べながらサザンカが話しかけてくる。
“全く…ほんと食べものに関する話には敏感なんだね。別にえ、とはならんだろ…てかいつ対応しなきゃいけないかわからないし、相手するのは僕なんだから、ごめんだけど少し黙ってくれないかい?”
食事中にどんな話が飛んでくるやらわからない。サザンカの相手をしている余裕はないのだ。
“あ、そういえばそうだった…またよくなったら私に声かけて”と、サザンカが黙った瞬間。
「あ、そうそう、一昨日買ったお土産の渡し方と、それから過去問についてなんだけど…」
ほら始まった。ここでの話をきちんと聞いて合わせておかないと、あとでえらい目にあう。
「うん」「なるほど」「了解」大体この返事と一言をつけ合わせて。たまに最後を復唱したりすれば完璧だ。
とりあえずお土産を渡す順番と、過去問の扱いの話をうまいこと聞き流しーーまぁお土産に関しては実際にこう渡さないとよくわからないことになりそうだから把握するとしてーー食事を無事終える。
“朝から頭をフル回転させておかないとこんなの理解できないよ…よくわかるなエリカ…”
なんだか感心しているやつが1人いるが盛大に無視する。これくらいは正直序の口だ。
と、そうこうしているうちに出発の時間だ。水筒にお茶を入れて、鞄がいっぱいなのを見えないようにして。
「いってきます!」
扉を開けて外に出れば、無事朝の小さな劇は終了だ。
次は大学で、新たな劇の始まりだ。
今日も疲れているのと、試験前で焦りを感じているのを悟られないように頑張らねば。
とまぁその前に、少し休憩時間をとることにしよう。
“サザンカ、風の子達、もう大丈夫だよ”
“レイアさん、今日もよろしくお願いします”
次は通学中でのお話という設定です。
ちょっと間が空くかもしれませんが、最後の二文がどう次につながるのかお楽しみに。