私の好きになる人を全て奪っていく、自称親友と異世界に来てしまった時に選ぶ道
まただ。
また私が好きになった人は、私の友達を選んだ。
もう何度目になるか分からない。
麻衣子は、「またか」と諦めの気持ちが先に立ち、その運命を素直に受け入れた。
「今度の大会の応援、桜井さんと来てくれるんだろ?この前話しかけられてさ、めっちゃテンション上がったよ」
目の前で嬉しそうに話す男子は、陸上部の大森君だ。
大森君が話す「桜井さん」とは、私の友達の桜井日菜の事で、彼女はめちゃくちゃ男子生徒に人気がある。
日菜は、背が低くて華奢で色白、ちょっと危なっかしい天然女子で、レースやフリルやフラワー系好きな、男子にとって庇護欲そそられる存在なんだと思う。
対して私は背が高く、クラス委員に推されてしまうほどのしっかり者に見られるし、シンプルな物好きで、日菜とは全く真逆をいく女子である。
私と日菜はクラスが違うにも関わらずいつも一緒にいるので、周りは私達を親友同士と思っているみたいだが、私からすれば別にそういう訳ではない。
家が近所なので、幼い頃からの友人ではあるが、性格も好みも違いすぎて、お互いに共感できるものがないのだ。
だけど日菜はいつも私の姿を探してくっついてくる。
それは「私の事を好きだから」というわけではなくて、日菜は女子には嫌われるタイプなので、あからさまに邪険にしない私にくっついているだけだ。
一緒に話していても、男子の前で無ければ日菜は、私の話をつまらなそうに流している。
あまり邪推はしたくないが、背が高くキツめの印象を持たれる事の多い私を、自分の引き立て役に使っているのではないかと感じる時もある。
他の女子が日菜を避けるように、私も出来れば彼女と距離を置きたいが、日菜は私にしがみつくように付いて離れない。
そして昔から、私が「いいな」と思った男子は、そんな日菜を好きになっていくのだ。
目の前の大森君もそうだ。
大森君は私と同じクラスで、以前席が隣になった事をキッカケに話すようになり、何となく気が合う彼とは度々連絡を取り合うようになっていた。
連絡を取ると言っても大した内容ではなく、本当に友達レベルとしか言えないやり取りだったが、思いつくままの言葉を気軽に話せる関係は心地良かった。
はっきり好きだと自覚していた訳ではないが、こうして日菜の事を嬉しそうに話す彼を見ると、また始まる前に恋が終わった事を知る。
おそらく私自身が気付かないうちに、大森君に好意を見せてしまったのだろう。
日菜はそういう人の気持ちに敏感で、私が誰かを好きになりかける度に、その人にアプローチしていくのだ。
麻衣子は内心ため息をつきながら大森君に話しかけた。
「ごめんね、大森君。その日は家の都合で応援に行けなくなっちゃったんだ。私は行けないけど、日菜は大丈夫じゃないかな。大会頑張ってね」
大森君は麻衣子の言葉に残念そうな顔をしながらも、日菜の事を思ったのか、少し口を緩めていた。
そこに麻衣子を呼ぶ声が聞こえた。
「麻衣子!ここにいたんだ。探したよ〜。あ、大森君、一緒だったんだ」
少し息を切らして麻衣子に向かって走ってきた日菜が、大森君にも声をかけた。
「大森君、今度の大会頑張ってね!私も絶対応援に行くからね!」
「本当?すっげー嬉しい」
大森君が顔を赤くして、嬉しそうに言葉を返す。
そんな二人を見ていると、麻衣子はモヤモヤとした暗い感情が湧き出してきてしまう。
『「一緒だったんだ」なんて、遠くから見ても分かっていたでしょう?』
そこまで思って、麻衣子は静かに息を吐き出した。
『駄目だ。日菜のペースに乗せられると碌な事がない。こんな所で怒ったところを見せたら、日菜のか弱い女の子ぶりを上げるだけだ。落ち着いて、落ち着いて』
そんな風に自分を落ち着かせて、麻衣子は二人に笑顔を見せた。
「今日は早く帰らなくちゃいけないから、もう行くね。じゃあ日菜、お先に」
そう二人に言葉をかけて、足早にその場を立ち去った。
日菜の元から立ち去れたと思っていたが、すぐに日菜は追いかけてきて、麻衣子の帰宅の道に付いてきた。
そんな日菜にウンザリするが、これは幼い頃から繰り返している事だ。こういう時の自分の気持ちの流し方は、もうすでに身についている。
「大森君を置いてきて良かったの?」
「うん。今日はいいの。……ねえ、麻衣子、大森君の大会の応援行かないの?」
日菜が麻衣子に尋ねる。大森君に聞いたのだろう。
「家の用事が入ったからね。日菜は行ってあげたら?大森君も喜ぶよ」
麻衣子がそう声をかけると、日菜は麻衣子を観察するように眺めた。
「ふーん…。じゃあ私も止めようかな」
何でもないように日菜が話すのを見て、これも予想通りだった麻衣子は、何も言葉を返さなかった。
麻衣子が好意を持った男子を諦めると、日菜もその男子への興味を失くす。
これも昔から繰り返されてきた事だ。
黙ったまま歩く二人が交差点の信号を渡り終えた時、突然に目の前の景色が変わった。
当然続くはずの道は消え、そこは広々とした部屋の中だった。
部屋の中には三人の男達が立っていて、見たことも無い衣装を身に纏っている。
「何……?」
いつでも冷静と言われる麻衣子だったが、流石にこれには動揺させられた。
少しでも状況を把握しようと周りを見回すと、隣にいた日菜が呟く。
「あの人達、カッコいい……」
こんな時に何を言ってるんだと呆れながらも、麻衣子がその男達に視線を向けた。
「………」
確かに日菜が言うように、顔立ちの整った男達だ。
金髪碧眼の者もいて、その姿は王子様を思い起こさせる。後の二人は銀髪の者と紺色の髪を持つ者で、皆美しい顔をした者達だった。
だからといって不審者には変わりはない。
「あの、ここはどこでしょうか?あなた達はどなたですか?」
警戒心を隠そうともしない麻衣子を安心させるように、金髪の王子様のような男が優しく笑いかける。
「私達は怪しい者ではありません。安心してください」
――怪しい者は、皆そう言うだろう。
麻衣子の目が、不審者を見る目に変わる。
そんな麻衣子の様子を見ていた銀髪の男が、声をあげて笑い出した。
「お前……めちゃくちゃ不審がられてるじゃないか。まあ確かに彼女達からすれば不審人物だよな」
笑いが止まらないようで、腹を押さえて身を屈めた男は、彼も王子様のように美しいが、笑いすぎだろう。
王子(仮)も怪しいが、銀王子(仮)も十分に怪しい。
どこか冷めた目で銀王子(仮)を見ていると、紺色の髪の男が挨拶をした。
「王子が大変失礼致しました。こちらの方々は、アーサー王子とルイズ王子です。私は護衛のエリスと申します」
――どうやら本当に王子だったようだ。
未だ笑っている銀髪の男がアーサー王子で、最初に声をかけた金髪の男がルイズ王子らしい。
そして護衛のエリス。
ふうんと麻衣子は納得した。
そこに今まで黙っていた日菜が男達に挨拶をした。
「アーサー王子様、ルイズ王子様、私は桜井日菜といいます。名前が日菜で、日菜と呼んでください」
「ヒナ、はじめまして」
にこやかにルイズ王子はヒナに言葉を返し、麻衣子の方を見た。
「あなたのお名前を伺っても?」
「私は福井麻衣子と申します。福井と呼んでください」
ブッとまた銀髪の男が吹き出した。
「ルイズ、お前めちゃくちゃ距離置かれてるじゃん。フクイって姓だろう?俺はマイコって呼ばせてもらうよ」
アーサー王子の言葉に、麻衣子は内心ため息を落とす。
そんな風に、自分に興味を持つような素振りをしても、どうせ日菜に惹かれていく事を知っている。
それからアーサー王子とルイズ王子が交代でこの状況を説明してくれた。
どうやら私達はこの二人の男に召喚されたらしい。
私達個人を指定して呼んだ訳ではなく、『彼等の望む知識を与える者』を条件に付けたところ、私達が選ばれたようだ。
召喚されるのはひとりだろうと彼等は予想していたようだが、実際には私達は二人だった。
『私と日菜に共通する知識?』
麻衣子は全く思い当たる物が無かったが、ひとまず彼等が望む知識についての話を聞いた。
そしてその渡された資料を見て驚いた。
『これって来週の学期末試験のテスト範囲じゃん』
どうしてそんな問題が『彼等の求める知識』なのかは分からないが、成績はトップクラスにいる麻衣子には確かに解ける。
その資料を眺めながら麻衣子は王子達に質問をした。
「これが解けたら私達を帰してもらえますか?」
「勿論。同じ時間、同じ場所に戻してあげますよ。それを君達が望めば、ですが」
「望まない事もあると……?」
金髪のルイズ王子の言葉が引っかかって、麻衣子は聞き返した。
すると今度はアーサー王子が、王子様らしい綺麗な笑みを見せる。
「君達が成果を見せてくれたら、俺達どちらかの妻として迎える事が決まってるんだ。俺達兄弟のどちらかを選んでもらうつもりだったけど、この召喚で二人も迎えられたからね。俺達も争う事なく結婚出来そうだ」
「拒否権はありますか?」
大真面目に聞いた麻衣子に、アーサー王子は吹き出し、笑いが止まらないアーサー王子に代わって、ルイズ王子が困ったような笑顔で応えてくれた。
「もちろんマイコ達に選ぶ権利はあります。こちらは助けを乞う身です。好いてもらえるよう、僕達も努力します」
話がまとまり、早速その資料の解読に取り掛かる事になり、案内された部屋には、山のような書類が積み上げられていた。
日菜が『解読に集中したいので、解読中は二人きりにしてほしい』と王子に頼み、了承を受けていたので、今部屋にいるのは麻衣子と日菜の二人だけだ。
案内された部屋の扉を使用人が静かに閉めた途端、日菜が口を開く。
「麻衣子、お願い。私に答えを教えてほしいの。私がずっとプリンセスになりたかった事、麻衣子は知っているでしょう?……私、二人の王子様に一目惚れしたの。だからお願い、麻衣子」
「日菜……一度は自分で解いてみなよ。後で見てあげるから」
「ありがとう!麻衣子!」
麻衣子は、そう言った自分を後悔していた。
日菜が書いた答えはめちゃくちゃで、全てが間違っている。そもそも直してくれる事を期待して、明らかに考えてもない解答を書くので、指摘するのも面倒だ。
結局麻衣子が全ての答えを解いていき、日菜は麻衣子が一枚書類を解き終える度に、その書類を王子達の元へと運んでいった。
きっと日菜は、自分が解いたかのような顔をして王子に書類を渡しているだろうと想像はついたが、麻衣子は黙っていた。
どうせ麻衣子はこの世界に残るつもりはない。
ただ早く帰りたかった。
だから王子達のお茶や夕食の誘いも、息抜きの外出の誘いも全て麻衣子は断った。
王子や日菜がいなくても、部屋の外に一歩出れば誰かは捕まえられるので、困った事は何でも頼めるし不便はない。
麻衣子が一人部屋にこもり続けて、たまの用事も王子を頼らず、廊下でたまたま歩く使用人に頼むので、麻衣子には自分達の護衛のエリスを付けてくれた。
「ごめんね。いつも雑用を押し付けて」
麻衣子はエリスに謝った。
渡された書類は膨大な量で、学期末テストの各教科の隅々までもを問題にしたような物だった。
もちろん全ての答えを解ける訳ではないので、エリスには王宮図書館から参考になりそうな資料を運んで来てもらっている。
エリスは麻衣子が望む情報を、王宮図書館司書さんに相談して探して運んでくれているのだが、彼はなかなか優秀で、麻衣子の望む的確な情報を届けてくれるのだ。それで麻衣子はつい彼を頼ってしまっている。
「いいえ、お役に立てて嬉しいです」
紺色の髪の美しい護衛は、優しい声でそう言ってくれた。
「疲れた……うわ、もう夜じゃん。文字見過ぎで頭痛い〜。もう無理。今日はここまで!」
そう言って麻衣子が机に伏せると、エリスが気遣わしげに麻衣子に声をかけた。
「頭痛に効くマッサージをしましょうか?」
「お願い……もうマジ無理……」
そんな麻衣子に、彼は頭と首と肩のマッサージをしてくれた。美容院でしてくれる、あのマッサージの極上バージョンだ。
「うわ〜頭痛いの治った。すごく気持ち良い。エリスさん、マッサージ師にもなれるよ」
気持ちよさそうに目を瞑っている麻衣子に、エリスは思案げに言葉をかけた。
「いつでもマッサージしますよ。……マイコ様、よろしいのですか?ヒナ様がいつも王子に届けられる書類は、全てマイコ様が解いたものなのでしょう?王子には、ヒナ様が解いたと説明されているようですよ」
『ああ、やっぱり』
麻衣子は予想通りだと苦笑した。
「いいよ、別に。私はこの世界に残るつもりは無いし、こうして問題を解くのは試験勉強になるからね。進学塾でスパルタ教育を受けてるところを脳内イメージしてるから、答えが正解か不正解かさえ教えてくれれば、それで十分だよ。確か不正解だったら、すぐに分かるんでしょう?」
「はい。提出される書類は、しっかり学者達が確認をしております。答えを導く事は出来なくても、出ている答えを確認する事は出来ますからね。念入りに確認させてもらっていますが、間違いは今のところ見つかっていないようですよ」
「それは良かったよ。今回はめちゃくちゃテストに備えて勉強してたからね。ちょっと自信はあったんだ」
えへへと麻衣子は笑った。
そう。今回の試験に、麻衣子はかなり力を入れていた。
今回のテスト結果は、これからの進学先を大きく左右するものだった。
麻衣子はどうしても日菜が付いて来れないような遠くの大学に入って、日菜から離れたかった。
日菜はいつも要領良く、私のものを奪っていく。
雑貨屋さんで『可愛い』と私が目に留めた物は、それに手を伸ばそうとした時に、日菜が先に手に取って買ってしまう。
良いなと思って私が選んでつけたリボンは、次の日には同じ物を買ってきて、日菜もリボンをつけてくる。私が先に買ったにも関わらず、目立つ日菜が付ける事でリボンに注目が集まり、私が真似した事になってしまう。
ちょっと仲良くなった男子がいると、必ず日菜はその子にアプローチして、その子の気持ちを奪っていく。私がその子を諦めると、日菜も興味を失くしてアプローチを終える。
そんな日菜に呆れて、麻衣子が少し冷たい態度を取ると、日菜は麻衣子の家族に相談しに来るのだ。
麻衣子の母と日菜の母親とは近所同士の友人だ。小さい頃から麻衣子の親の前では可愛い態度を取る日菜は、麻衣子の親でさえも味方に付けていた。
もう本当に麻衣子は、日菜にも日菜に取り入れられる人達にも、心底ウンザリしていた。
日菜がこの世界の王子と結婚して残るなら、麻衣子にこの世界に残るという選択肢はない。
それなら日菜の手柄にして、役立たずの麻衣子は誰に止められる事なくアッサリとこの世界を去りたい。
王子様のいる夢のような世界でも、もう日菜と関わる場所にはいたくもなかった。
今、日菜に利用されているとしても、元の世界のテスト勉強のためと思えば、腹を立てる事もない。
「マイコ様は王子との結婚は望まないのですか?」
エリスの問いかけに、麻衣子はうーんと少し考えた。
彼にはいつも良くしてもらっている。
ここで「そうだよ」のひと言で済ます事も出来るが、彼には礼儀を見せたかった。なのでマッサージのお礼も兼ねて、麻衣子は本音を彼に話した。
「日菜とは家が近所でずっと一緒にいるんだけど、実はあまり合わないんだ。私達は性格が正反対だからね。だから私は、日菜の選ばない道を進みたいの。日菜は王子様に一目惚れしたって話してたし、この世界で幸せに暮らしていく事を選ぶと思うから……。王子様がどうというより、日菜と私の問題なんだ」
言ってから気づく。
『これって王子の護衛に悪口吹き込んでるものじゃない?』
ヤバい。
ちょっと頭を使いすぎて、余計な事を言い過ぎた。
麻衣子は焦って日菜をフォローする。
「ほら、日菜って可愛いでしょう?日菜はすごくモテるんだ。私が並ぶと比較されちゃって、私が勝手に惨めになってるだけだから。そんな理由で離れたかっただけ。いやもうマジで日菜は良い子だよ」
必死にフォローする麻衣子がおかしかったのか、珍しくエリスが声をあげて笑った。
笑うエリスを初めて見た麻衣子は、驚いて彼を眺める。
いつも真面目な顔しか見た事が無かったが、彼も美しい。こうして笑うと、普段の近寄りがたさが無くなり、とても魅力的だった。
ぼんやりとエリスを眺める麻衣子に、笑い過ぎて涙で潤んだ瞳で、エリスは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。マイコ様に聞いた話も、マイコ様の様子も、あのお二人には話していないのでご安心ください」
そんな彼の言葉を意外に思いながらも、麻衣子は彼の言葉に感謝した。
相手が王子様でも、どうせ去る自分には関係のない人達だったが、ここにいる間は諍いは避けたい所だ。
余計な言葉を伝えないでいてくれるなら、とても安心できる。
「ありがとう」
麻衣子は心からのお礼を伝えて微笑んだ。
書類の山を片付けるのに一週間ほどかかったが、どうにか片付いた。
テスト前の勉強合宿だったと思えば、これもまたいい思い出になるだろう。後は元の世界に戻って軽く復習でもすれば、今回のテストは完璧なはずた。
麻衣子は達成感で、ピカピカの笑顔で王子達との面会に挑んだ。
結局二人の王子とは、最初この世界に来た時に少し話した時のままだった。
何度かの王子達の誘いも全て断っていたし、麻衣子の印象は良くないだろう。だけどそれでも別に麻衣子は構わなかった。
どうせあと少しの時間の付き合いだ。
アーサー王子とルイズ王子達が、麻衣子と日菜をこの世界に初めて来た時の部屋に通して、二人に感謝を伝えた。
「ありがとうございます。おかげで思った以上に早く、全ての問題が解決しました。本当に感謝いたします」
「無事全てが解決した。…では最初に話していた通り、これからの事を選んでもらおうと思う。ヒナ、マイコ、君達は誰を選ぶ?」
アーサー王子が、日菜と麻衣子の顔を覗き込みながら尋ねた。
「私は…私はアーサー王子様を選びます!アーサー王子様、一目見た時からお慕いしております。私を将来の王妃として迎えてください」
日菜が潤んだ瞳でアーサーに想いを告げた。
後で分かった話だが、王子兄弟はアーサーが兄だった。
兄の方が身分が上だと読んだのだろう。日菜らしい選択だった。
そっか、そっかと麻衣子が頷いていると、アーサー王子は日菜に言葉を返した。
「ありがとう、ヒナ。だけどヒナをこの国の王妃には出来ないんだ。……実は俺、王位継承権を持ってないんだよ。それでも選んでくれる?」
笑顔で話すアーサー王子に、日菜が固まる。
固まる日菜を見て、『確かに固まりたくもなるだろう』と麻衣子は思う。
思わぬアーサー王子のカミングアウトに麻衣子も驚いたが、日菜のショックは測り知れない。
日菜はプリンセスになりたいのだ。
アーサー王子も、ルイズ王子も、どちらも美しい。日菜がアーサー王子を選んだのは、この国のプリンセスになりたかったからだ。プリンセスになれないならば、ルイズ王子を選ぶだろう。
『この笑い上戸のイケメン王子は、なかなか残酷な事をするな…』
そんな事を思いながら、麻衣子は事の成り行きを見守った。
「え…あ…あの、私…。あの、ごめんなさい、アーサー王子。……私は、様々な問題を解いていくうちに、この国のために尽くしたいと思うようになりました。私は王妃という立場になって、この国を支えていきたいのです。ごめんなさい。私はやっぱりルイズ王子を選びます」
日菜は申し訳無さそうな顔をしながら、アーサー王子に先ほどの言葉を取り消した。
「………」
麻衣子は言葉も出なかった。
日菜とは長い付き合いで、本意ではないが彼女の事は知っていると思っていた。
だけどこれは流石にヤバいだろう。
『すごい物を見せられている……』
見ている麻衣子の方がいたたまれない思いがした。
『いやもうどうでもいいから、私はここで退散させてもらおう』
そう思って、麻衣子は元の世界に戻る希望を伝えようと口を開いた。
麻衣子が言葉を発する前に、ルイズ王子が言葉を告げる。
「うーん。さすがにそんな選ばれ方をされて、受け入れるのは難しいですね…。それにすみません。私もヒナをこの国の王妃にする事は出来ないのです。私にも王位継承権は無いので」
「え……だって、王子の妻にしてくれるって……」
日菜が激しく動揺しているようだが、麻衣子も驚いていた。
『どういう事?』
麻衣子はアーサー王子とルイズ王子を見つめて、説明を待った。
「私から説明しましょう」
そう言って傍に控えていたエリスが、日菜と麻衣子の前に進み出た。
「アーサーは第六王子で、ルイズは第七王子という立場になります。お二人の世界ではどうかは分かりませんが、この国では王位継承権を持つのは第一王子の私一人だけなのです。私の本当の身分を名乗らなかった事は申し訳なく思いますが、私は召喚した責任者として、私達の問題に取り組んでくれる者を護衛をする立場です。ですが、この二人の妻にと話していたのは本当の事です。ヒナ様は、この二人は選ばれないのですか?」
「――はい。私は……私はエリス王子様を選びます!」
日菜の言葉に、麻衣子はもう何も考えない事にした。
もうこんな寸劇はまともに見てられない。
『大丈夫。日菜とはここでお別れだ。こんな茶番の記憶はこの世界に置いて忘れてしまおう』
そう思って麻衣子は口を結んで、ぼんやりと目の前の様子を眺めていた。
エリス王子は、にこりと日菜に微笑み、その微笑みに日菜が顔を輝かせた。
王子が語る。
「ヒナ様、私はお二人がこの世界に来てくれた時から、お二人の事を見ていました。急に召喚されたにも関わらず、問題に真摯に取り組んでくれたのは、マイコ様ただお一人です。ヒナ様は、アーサーとルイズに『自分が解いた』と虚偽の報告をし続けましたね?ヒナ様がこの世界で為された事は、散財のみでした。
この国の王妃となるには、資質が足りなさすぎます。――どうぞ元の世界にお戻りくださいませ。ああ、今身につけている宝飾品は、どうぞ記念にお持ち帰りください。……では、こちらに」
エリスはそう言って、帰還の場になると思われる、印を付けた場所を日菜に差し示した。
側に控えていた使用人が、日菜をその場に誘導する。
さすがの日菜も何も言えないようだった。
顔が美しいとはいえ、たかだか護衛だろうとエリスを軽んじ過ぎた。彼を使用人のように扱った事もある。
自分が王妃になれば、彼は自分より下の身分の護衛だと思っていたからだ。
将来この国の王となる人物にあんな態度を取っていて、このままこの国にいても良い未来があるとは思えない。
日菜は諦めたように頷いた。
「分かりました、帰ります。――麻衣子、一緒に帰ろう?来週の学期末テストまでに提出物がたくさん溜まってるの。助けてよ」
日菜の言葉に麻衣子は震えた。
『冗談じゃない』
これで日菜とはお別れだと思っていたから、ここまで頑張れたのだ。いくら大学進学で遠くに行くつもりでいても、それまでまだ一年以上の期間がある。終わりだと安心したところに、もう一年なんて耐えられない。
「あ、私はこの世界で結婚しようかな。えっと……」
ヤバい。私も日菜と変わらない。
二人の王子のどちらも好きになった訳ではない。
焦り過ぎて、二人の王子の名前が咄嗟に出てこない。最初に会った時以来で、二人に会う事も話す事も、二人を話題に出す事さえもなかった。
アーサー王子とルイズ王子を見ながら、追い詰められたように口をパクパクさせる麻衣子を見て、アーサー王子が吹き出した。
「俺、やっぱマイコがいいな。俺と―」
「結婚するなら私とです。マイコ、結婚するならせめて名前を呼べる者でしょう?」
エリスが麻衣子に声をかける。
「エリス王子、え、でも、王妃様はちょっと……」
迷いを見せる麻衣子に、エリス王子が笑った。
「この国を救ってくれた恩人に、名前も呼べない者との結婚は許可出来ませんね。私との結婚が受け入れられないなら、帰る道しか無くなってしまいます。……そんな悲しい選択はしないだろうと信じていますよ」
「……将来の王妃として認めてもらえるよう、精進します」
王子様との結婚に、麻衣子も夢を見ない訳ではない。
この世界で王子を好きになったとしても、どうせ王子は日菜を選ぶだろうと思って、結婚なんて考えもしなかっただけだ。
エリス王子とは同じ時間を共にして、とても信頼できて、一緒にいても安心できる人だと分かっている。
未来の王妃という立場が自分には不相応に感じるだけで、彼のような人と共にいられるならば、そんな未来も頑張れそうだ。
そして何より――長く悩んできた、日菜との関係を終わりに出来る。
「日菜、私はこの世界で頑張るよ。日菜もこれから女子の話にも付き合ってみたら、きっとみんなとの関係も変わっていけるよ。じゃあ日菜、元気でね」
麻衣子は日菜に別れの挨拶をする。
「え、待って。麻衣子、何言ってるの?麻衣子がいないと宿題の提出も出来なくなっちゃう。それに麻衣子が隣に立ってくれないと、私が際立たなくなっちゃうよ。ねえ、一緒に帰ろう?ねえ、麻衣子にはそんな王子様は似合わないって」
「ではそろそろ出発しましょうか」
エリスが日菜の言葉を遮り、側に控えていた者に合図を送った。
シュッと小さな音と共に日菜の姿が消える。
「……ヒナは無事元の世界に戻れてますよ。とても受け入れられない人ではありましたが、彼女のお陰でマイコがここに残る事を選んでくれたので、彼女に感謝したい気持ちもありますね」
にっこりと笑うエリス王子は、なかなか優しいだけの人ではないようだ。
だけど聖人君子のような人より好感が持てる。
麻衣子はホッと息をはきだして、エリスに笑顔を返した。
気持ちが落ち着いたら、二人の王子の名前も思い出せた。
「――あ。アーサー王子とルイズ王子だ」
自分達の名前を呟く麻衣子に、二人の王子は苦笑する。
二人の王子も、最初の方で麻衣子だけが問題を解いている事に気づいていた。
日菜が提出する書類に、ちょっと質問するだけで答えに詰まる様子を見れば、誰が対処した書類かは一目瞭然だ。
最初から麻衣子を気に入っていたアーサーは、麻衣子にアプローチしようと近づこうとしていたし、ルイズも虚偽申告する日菜より麻衣子を選びたがった。
だけど誘いを入れようとすると、必ずエリスに止められるのだ。
「彼女は真剣に問題に取り組んでいる所です。邪魔をしてはいけません」
そうエリスは話していたが、どう見ても自分達を近づけないようにしているようにしか見えなかった。
結果まんまとエリスに麻衣子を取られた訳だが、麻衣子の側でずっと彼女を見守ってきたのはエリスだ。
しょうがないなと苦笑しながらも、少し先に婚約することになるだろう二人を祝った。
麻衣子は時々、ふと日菜の事を思い出す。
今がとても幸せなので、日菜の事を不安に思う必要なんてないのだが、それでも「もしも」と考える時がある。
もしもこの世界に来ることがなかったら。
もしも日菜が二人の王子のうちの一人と結婚していたら。
どんな「もしも」の世界でも、自分ならそれなりに納得してその先を過ごしていただろう。
あの時は、「いつか全てを日菜に奪われるかも」と思っていたから、どんな事でも諦めがついていた。
だけど今は違う。
麻衣子は隣に立つエリスをそっと見つめる。
この人との将来は信じる事が出来る。諦めるための予防線を張らないで、誰かの側にいられる事はとても幸せだった。
麻衣子が見つめている事に気づいたエリスが微笑んでくれる。
麻衣子はこの世界に召喚してくれた、隣に立つ愛する男に微笑みを返した。