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73話 悪いのは誰?

キッチンに水を取りに来た幸樹が耳にしたのは美

咲の郁也への気持ちだった。


「おい、美咲まで何を言ってるんだ?郁也くんと

 は家族だぞ?兄妹なんだぞ?兄妹で結婚など出

 来るわけがないのは知ってるだろ?」


「なんでよ!お父さんが追い出しちゃったんじゃ

 ない!追い出すなら郁也お兄ちゃんを誘惑した

 歩夢お兄ちゃんの方にしてよ!お兄ちゃんがホ

 モなんて私気持ち悪くて言えないじゃん」


「お前はっ……」


幸樹の声が大きくなった瞬間、ドアが開いて風呂

から上がった歩夢が入って来たのだった。


「……」


何も言わず、ただ上がった事を知らせると部屋に

戻っていった。


「歩夢くんっ……」


まどかさんの言葉にも耳を貸さず、出ていく。

あまりの気まずさに幸樹もドアを乱暴に閉めると

出て行ってしまった。


その日から、歩夢は荷物を持って外によく出かけ

るようになった。


家にいる事の方が少ない気がする。


大学が始まるまで、まだ時間はある。

朝早くに出かけて、夜遅くに帰ってくる事が多く

なった。


そして、丁度まどかさんも、父親の幸樹も仕事で

出かけた隙に大きな荷物を背負うと歩夢は家を出

た。


駅で改札を通るのは苦労したが、なんとか郁也の

アパートまで辿りついた。


まだ寝ているのか合鍵で入っても静かだった。


「……」


勝手に入ると掃除をしながら部屋を片付ける。

寝室にはまだ寝ている郁也がいた。


ご飯を用意するとゆさゆさと起こす。


「ん〜、歩むかぁ〜……一緒に寝ようぜ〜」


「……!!」


ガシッと掴まれると引き寄せられ一緒に横になる。

寝起きのせいかまだ寝ぼけているのだろう。


むにゃむにゃと何か話しながらも抱きしめる腕に

力が籠る。


頭の後ろに手が回ると引き寄せられると、唇に暖

かい感触が伝わってくる。キスされていた。

苦しいほどに長く、舌が絡み合ってくる。


「……ッ」


息が荒くなる。

それでもやめない郁也に、暴れて見せるが、急に

手が服の中へと入って来た。


これには流石の歩夢も経験がないので、驚いて逃

げ出そうとしたのだった。


「歩夢は可愛い反応するよな〜。男のベッドにい

 きなり入って来たらこうなる事くらい覚悟して

 おけよ?」


いつのまにか上に跨ったような姿勢になった郁也

が舌舐めずりをすると何度もキスを落とした。


シャツの下から平たい胸板を触ってくるが、それ

がなんでなのかが分からなかった。


胸があるわけでも、柔らかいわけでもない。

どこが楽しいのだろう?


歩夢の反応を楽しんでいるのだろうか?


そう思いながら首筋を舐められるとビクンッ

と身体が震えたのだった。

そこで、郁也が触れるのをやめた。


「あんまり、やられっぱなしになってると、

 本気で抱くぞ?」


「……」


今は抵抗らしい抵抗はしていなかった。

いっそ、好きにさせたらどうなってしまうのか?

そればかり考えるようになっていたらでもあっ

た。


起き上がると、キッチンの方を指差す。


そこには朝食が出来上がっていたのだった。


「お、美味そうじゃん。一緒に食おうぜ」


さっきまでの行為が嘘のような郁也の反応に歩夢

は真っ赤になりながら後をついてキッチンへと行

った。


「それで?今日は母さんも幸樹さんも遅いのか?」


郁也が聞くとこくこくと頷いた。

大体のものは運んであるが、一人で運ぶのにも限

界がある。


大きなものは運べないからだった。


「あとは重いものだけだな。服はどのくらい残し

 て来た?」


少しと手に書いた。


「おけおけ、なら、今日中に運び込むか。それに

 スマホも買わないとな。俺とお揃いなんてどう

 だ?」


にっこりと笑って見せる歩夢に肯定しているのだ

と理解したのだった。


こっそりと家に戻ると車は近くの公園沿いに停め

て置いた。


鍵を開けると、家には誰も居なかった。


玄関には靴もない。

全員が出かけているのだろう。


すぐに重い荷物から運び出す。

本棚は分解して運び、ベッドは無理なので置いて

いく。

それ以外の荷物もコソコソと運んだもの以外は段

ボールに詰めて置いたのだった。


「この辺の段ボールでおしまいか?」


こくりと頷くと、手分けして運びだす。

歩夢の部屋はスッキリと荷物がなくなったのだっ

た。


あとは鞄に詰め込めるくらいの荷物だった。


少し部屋を眺めてから、ゆっくりと出ていく。

もう帰る事はない。

そのつもりだった。


「お兄ちゃん、出ていくんだ………」


ハッと振り向くと、そこには美咲の姿があった。

玄関には靴がなかったからてっきり出かけている

と思っていた。


「郁也お兄ちゃんのところに行くの?……やっぱ

 り誘惑したのはお兄ちゃんの方じゃん。ほんと

 汚らわしいホモのくせにっ!もう出てってよ、

 帰って来ないでよ!」


「……」


何かいいたげに手を伸ばして来たのを美咲は思い

っきり弾くと突き飛ばしていた。


「あっ……」


階段の手すりにぶつかると、そのまま後ろに落ち

ていく。

一瞬のことで、何がなんだか分からなかった。

大きな音が響いて一階まで落ちたのだと理解した

時には、全身に衝撃が走り意識が朦朧としていた。


荷物を運び終わって迎えに来た郁也が玄関のドア

を開けようと手をかけた時、大きな音がしたのだ

った。


「歩夢〜、どうし………ッ……歩夢っ!」


すぐに駆け寄っていく。

その上から放心状態の美咲が立っていた。


「美咲……ちゃん…まさか突き落としたのか?」


「違うのっ、だって……だって、私の郁也お兄

 ちゃんをとったんだもん」


言っていることがめちゃくちゃだった。

今は、この状況で突き落としたのかと聞いた事と

答えが違う。


それよりも、動かない歩夢の方が気になった。


瞼がぴくっと動くと、うっすらとした視界が開け

た。

心配するように覗き込む郁也を見て安心すると、

ゆっくりと瞼を閉じたのだった。


郁也は、歩夢を抱き上げるとそのまま車へと向か

った。


「待って、待ってよ、郁也お兄ちゃん。私も連れ

 てってよ」


「歩夢に危害を加えておいて、それを言うのか?」


「違うもん、お兄ちゃんが悪いんだもん。郁也お

 兄ちゃんは騙されてるんだよ、きっと。私の方

 が郁也お兄ちゃんには相応しいもん。」


「美咲ちゃん、俺は君みたいな子が一番嫌いだよ。

 俺は歩夢がもし、嫌だと言っても離すつもりは

 ないし、逃がすつもりもない。これは歩夢がじ

 ゃないんだ、俺が勝手に好きになったんだよ。」


これ以上騒ぐなと言うように出て行ってしまった。


取り残された美咲は愕然として、その場で泣き崩

れてしまったのだった。


まどかさんが帰って来た時も、ただただ泣くだけ

で、事情を言わなかった。


階段下に転がったままのスマホは壊れてひび割れ

て、画面は真っ暗なままだった。


本当は部屋に置いていくつもりだった。

だけど、持ったまま部屋を出たところで美咲に声

をかけられそのまま階段下へと一緒に落ちていっ

たのだ。


画面に入ってしまったヒビが、まるで家族に入っ

たヒビのようで、もう治らないのだと示唆してい

るようだった。






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