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71話 僕も連れてって

まどかさんと幸樹の間には最近沈黙が多くなった。


郁也兄さんが出て行ってからというもの、歩夢に

対しては表面的には普通に接してくれてはいたが、

心の中では蔑むような言葉を投げかけていた。

それは無意識に思っている事であって、口に出し

ているわけではない。


そして…もうすぐ、卒業式だった。


「歩夢くん、卒業式の後は……」


「……」


視線を合わせては、すぐに逸らした。

心を閉ざしたような、もう言葉すら聞きたいない

という否定的な態度だった。


まどかさんとて、どうしたらいいのか分からない

のだろう。

こっそりと郁也兄さんにお金の面で援助をしてい

るようだった。


だが、それも長くは続かないだろう。

もう就職は決まっているので、一応住む場所は

目星もつけて契約してあったおかげで、今はそ

こに住んでいるという。


歩夢はこのままここにいる自信がなかった。


家にいるだけでも気分が悪くなる。

いつも吐き気と戦うようになっていた。


食事も喉を通らなくなってくていたし、何もかも

億劫になっていた。


「歩夢、もういいのか?」


「……」


少し食べると、半分以上食事を残すと、席をたっ

た。


何か言いたげな顔をするがすぐに出ていく。


「待って、歩夢くん、本当に大丈夫?顔色も悪い

 わ」


まどかさんの優しさは少しだけありがたかったが、

父とは上手くいっていない様子だった。


にっこりと作り笑いを浮かべると部屋に戻って学校

へと向かった。

久しぶりの学校に、懐かしい気分になる。

昔は学校へ行くのが嫌だったが、今はどこに居ても

息が詰まる。


担任の先生には事情を説明してある。

綾野にはLINEで伝えておいた。


それまで会えていなかったせいか会ってからも少

し気まずかった。


「水城……あのさ、大丈夫なのか?」


「……」


こくりと頷くと、綾野が心配そうに覗き込んで

きた。

言葉はスマホを使って文字にして送った。


『大丈夫、身体の方は全然元気だから。声が出

 ないだけなんだ』


「声が出ないだけって、結構大変だろ?……あ

 の兄ちゃんはまだ家にいるのか?」


『もう出てっちゃった……それに父さんとまど

 かさんがギクシャクしてて……やっぱり僕の

 せいなのかな……』


「違うだろ?あの家にいるのは辛いのか?」


「……」


綾野のストレートな質問に、否定できなかった。

家にいるのに息が詰まる。


体調だって、良くない。

それでも無理して元気に振る舞ってはいるが、

それもいつまでもつか分からなかった。


「水城ってさ……深く考え過ぎじゃないのか?

 あの人の事は胡散臭いけどさ、それでも……

 あの時心配してたのは事実だと思うぞ?探し

 にきたくらいだしな。」


確かに、誰も心配すらしなかった。

唯一迎えに来てくれたのが、郁也だけだった。


病院でも泣きそうな顔で見つめて来た顔が忘れ

られなかった。


心配して……くれたんだ……。


ドクンッと心臓が高鳴った。


式を終えると、集合写真を撮る。

親が迎えに来ている人が多い中、歩夢は一人

で校門を出た。


振り返ると、懐かしいようで、あっという間

だった校舎を眺めた。


「卒業おめでとう、歩夢。」


一瞬、聞こえてきた声に目を見張った。

そこには郁也の姿があったからだ。


それだけで泣きそうになった。


「おい、大丈夫か?何かされたのか?」


慌ててハンカチを出すと、涙を掬った。


「歩夢…?」


「……」


ぎゅっと抱きつく歩夢に、焦るよう郁也は歩夢を

抱き寄せると、そのまま車へと手を引いた。


「大丈夫か?家ではどうだ?また痩せたか?」


ただ、黙って泣き続ける歩夢になす術もなく、

ただただ抱き締めると背中をさすってやったの

だった。


泣き止むと、郁也の手の平に何か文字を書いて

来た。


「歩夢……」


『僕も連れてって……』


「それって、一緒に住むって事でいいのか?攫

 っていくからな?」


こくりと頷くのを見て、嬉しそうに笑った。


「歩夢〜。大好きだ〜。久しぶりで、どうしよう

 。マジで抱きたい……あー、でも歩夢は怖いか?

 歩夢がいいっていうまで手を出さないから安心

 してくれ。まずは一緒に家にいくか?」


そういうと、郁也は今住んでいるアパートへと歩

夢を連れ帰ったのだった。


アパートに着くと合鍵を渡した。


「これでいつでも入れるだろ?」


「………」


そう言って中に迎え入れたのはいいのだが……。

そのあと、歩夢の冷たい視線が郁也に向けられた

のだった。


その理由は部屋を見てすぐに理解した。


コンビニ弁当の箱や、空のペットボトル。

飲みかけのビールなど、机の上を占領していた。


流しには最初は使っていた食器がそのまま積み上

がっていたのだった。





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