65話 迷子
迷子の少女を届けると歩夢は美香の方を振り返っ
た。
「無理しなくていいよ。あの子のところに帰った
方がいい……」
「待って……私は……」
「無理しなくていいんだ……。こう言う事って焦
る事じゃないと思うから」
優しい言葉だけど、それは一見して見ると、全く
別の意味をはらんでいた。
さっき郁也を見かけた場所に来ると、それらしき
人はいなかった。
「何やってんだろ……もう帰ろうかな……」
とぼとぼと歩き出すと、ちょうど店から出てきた
女性とぶつかりそうになった。
「キャッ…」
「うわっ……すいませ……あっ…」
「あら、あの時の弟くん!」
いきなり出くわしたのは秋里理恵だった。
オープンキャンパスの時に、歩夢を攫うように命
令した仲間の一人だ。
咄嗟に助けるふりして自分は違うと郁也にアピー
ルしようとした卑怯な女でもあった。
「こんなところで会うなんて偶然ね?」
そして、さっきまで郁也の側にいた女だった。
「もう帰るので……」
「待ってよ、もうすぐ卒業でしょ?そうだ!お祝
いしましょ」
『この子単純そうだし、使えるわね……郁也に取
り入るには丁度いいわ、可愛がってあげればす
ぐ落ちそう』
「結構ですから……」
にこやかに言われる言葉の裏には悪意しかない。
駒のように使われるなど冗談じゃなかった。
「一人で帰るの?寂しくなーい?」
「一人が好きなんで、郁也兄さんが目当てなら、
僕に構わないでください」
はっきりと言うと、その場から逃げ出していた。
「あれ……理恵?」
後から出てきた郁也が尋ねると、ちょっとお茶目
に手をあげて見せた。
「弟くんに逃げられちゃった…」
「歩夢がいたのか?」
「えぇ、ちょっと声かけただけなのに……、ねぇ
この後どうする?」
「帰る。じゃーな」
「ちょっと、郁也ぁ〜」
さっき理恵の向いていた方へと走る。
歩夢、どこだ?
あいつが拒絶するって事はそれなりの理由がある
はずだった。
何もなければ拒絶などしない。
流石に館内放送をかけるわけにもいかない。
大きなショッピングセンターの中を駆けずり回る
しかなかったのだった。
もう1時間近く探している。
一向に見つからない。
郁也が途方に暮れていると、見知った顔を見つけ
たのだった。
歩夢の友人で綾野と言った青年だった。
すぐに駆け寄ると、呼び止める。
「綾野くんっ……って言ったよな?」
「あれ……お兄さん?どうしてここに?」
「歩夢を知らないか?あいつがここにいるはずな
んだ」
慌てて捲し立てるように言うと、呆れた顔で答え
てきた。
「何でそんな事聞くんです?自分で探せばいいで
しょ?それとも……またなにかやらかしたんで
すか?」
「お兄さん?めっちゃかっこいいじゃん。晃司〜
ちょっと紹介してよ〜」
「おい、乗り換える気かよ?」
ありさは目の前に突然現れた男性に目が離せなか
った。
「あの、あの時の助けてくれた人ですよね?」
美香の一言に、ありさがハッとなった。
「それって水城くんともう一人って事?えっ、で
もなんでこの人も水城くんを探してるの?」
「歩夢は俺の弟だ。だから教えてくれ…頼む」
そう言われても、知らないものは知らない。
別れてから暫くしているし、どこに行ったのかも
わからない。
「家に帰ったんじゃないんですか?連絡すればい
いでしょ」
「それが……既読にならないんだ……」
歩夢ならあり得る。
スマホは持っているがあまりLINEを見ない。
女子達の手前、連絡を取らないわけにはいかなか
った。
「分かった、連絡取るから…」
綾野は女子二人の視線に仕方なくスマホを手に電
話をかけたのだった。
数コールすると、ガッチャっと出た。
「水城〜、今どこにいる?」
『綾野?どうして?』
「ん〜別に?ちょっと心配になってさ」
『屋上……気にしないで帰っていいよ……』
「ん〜〜〜分かった。何か相談があるなら言えよ?」
『うん、ありがとう』
ガチャと切ると、大きなため息を吐き出す。
「屋上にいるってよ。」
と。ぶっきらぼうに言ったのだった。