61話 心配で
郁也が家を出て行くというのは、確かに考えては
いた事だった。
ただ、まだ言う気はなかった。
が、今更仕方がない。
もし、歩夢に付いてこないと言われたらどうしよ
う。
確信が持てるまでは、この家にいるつもりだった
し、自分に振り向かせる自信だってあった。
最近の出来事のせいで、ちょっと自信が揺らいだ
のも事実だ。
歩夢は決して郁也を頼りはしないのだ。
いくら兄といえど、血は繋がってはいない。
いや、それ以前に、誰にも頼ろうとしないのだ。
家族というよりも、誰も信じる事ができないのだ
ろうか?
その理由は、一つしかない。
恐れているのだ。
完全に拒否される事が、怖いのだろう。
郁也は否定しない。
そう思わせればいいと思っていた。
が、それもなんだか違う。
そもそも、心に思っている事が聞こえると言う時
点で、ちょっとした油断で、何を聞かれているの
かわからないという事でもあった。
歩夢の前では全部言葉にしているつもりだが、ど
うにも予想外の事を考えてしまう事もある。
「あぁ〜、難しいな……」
横で眠っている体温を抱きしめると、苦しそうに
唸っている。
この腕の中の愛しい存在をどうやったら自分だけ
を見るようにできるだろうか?
ただ、郁也は今だけはと身体に触れる。
意識のないうちなら、否定はされまいと考えてい
たのだった。
朝になると、いきなりゴロンッと転がり衝撃が走
った。
「なっ、なんだっ…」
「それはこっちの台詞なんだけど?どうしてここ
で寝てるんだ?」
「あぁ、昨日……歩夢がいきなり倒れたから心配
で………何もしてないからな!」
『ちょっと抱きしめただけだし、身体を触ったの
だってほんのちょっとだし……』
「触ってんじゃねーか!この変態っ!今すぐ、出
ていけ!」
朝から大声をあげると、部屋から追い出したのだ
った。
部屋から出ると、たまたまなのかまどかさんが通
りかかったのだった。
「郁也……昨日の言葉、本当に信じていいの?」
「マジで何もしてね〜って……ちょっと心配でさ
、一緒に添い寝しただけだぁ〜って…」
「………」
疑いの目がいつも以上に厳しくなる。
あれだけ、絶対に手を出さないなどと言っておい
て、朝から口喧嘩になっているのだ。
流石に信じてはくれないだろう。
本当に手を出してはいないのだ。
身体に触れるのはきっと手を出したうちには入ら
ないだろうと思っている郁也にまどかさんの大き
なため息が漏れたのだった。