59話 目撃されて
週末、デートが決まっていた。
歩夢としては女子とのデートなど初めてだった。
セッティングは殆ど武藤さんがやってくれるら
しい。
初めてなので、ありがたい申し出だった。
その前に試験結果が返ってくるとあってクラス
では少しそわそわしていた。
もう受験が目の前に迫ってきていた。
返却される答案用紙に目を通すと、少し笑みが
漏れる。
どれも平均点から下を行き来する綾野と違って
歩夢はなかなかの好成績で驚いていた。
「水城、今回はよくやったな?これなら大学の
推薦入試取れるぞ?」
担任の先生に勧められるがままに推薦枠をギリ
ギリで取ったのだった。
推薦枠は本当に少ない。
いくら推薦だとて、勉強をサボっていい言い訳
にはならない。
それでも、嬉しくないはずはなかった。
綾野もそれを聞いて一緒になって喜んでくれた
のだった。
「でもさ〜、もうあの兄ちゃんに勉強見て貰う
必要なくね?」
「それは………そうなんだけど、一応勉強はし
ておいて後悔はしないと思うから…」
どうしてか、はっきり言えない。
他の人だったら、もっとはっきり断れるのに。
嫌なはずなのに、嫌じゃ無い自分がいるのだ。
今日も帰ってから二人っきりで勉強を見て貰う
予定だった。
そしてその後に………
まるで期待しているかのような自分に、いきな
り恥ずかしくなった。
「水城さぁ〜、好きなのか?兄ちゃんの事…」
「そんな訳……ないよ、多分」
「俺は別に反対はしねーよ?なんか水城っていつ
も変わってるなって思ってたけどさいつも人の
為に動けるいい奴だって知ってるからさ」
「綾野………」
「俺はってだけだぞ?世の中はそんな甘く無いけ
どな」
「うん、わかってる」
家に帰ると、いつものように待っててくれる。
妹のように素直になれたらいいのかもしれないが、
歩夢には無理な話だった。
つい疑ってかかってしまう性格なせいかどうにも
人を信じる事ができずにいたのだ。
綾野の言った通り、もっと自分に素直になれたら
いいのかもしれない。
分かってはいても、できない。
「遅かったね。試験結果出た?」
「うん、推薦枠取れた……」
「そっか、よかったな?」
自分の事のように嬉しそうにしてくれる。
いきなり抱きつかれると、流石に戸惑ってしまう。
だが、嫌な気はしない。
「あれ?嫌がらないんだな?」
「別に……そろそろ離せよ」
「ふ〜ん。可愛いところあるじゃん。大好きだよ?」
部屋に入る前だと言うのにいきなり引き寄せられる
とキスをされたのだった。
「んんっ……!」
いきなりの不意打ちに驚くと側で荷物が落ちる音が
したのだった。
買い物袋から玉ねぎが転がっていく。
「郁也……あなた何をやってるの!」
まどかさんの視線は今、玄関でキスしている歩夢と
郁也に向かっていたのだった。