54話 話題の人
夕方になって、やっと部外者が帰るとクラス毎に
集まって片付けに入る。
慌ただしく、劇が終わってからは郁也に連れ回さ
れたせいでクラスに顔を出したのが、ホームルー
ムの時くらいだった。
「水城〜、お前の兄ちゃん話題になってるぞ?」
「だろうね……」
うんざりした顔で言うと、綾野は声のトーンを
下げた。
「まさか何かされたのか?」
「いや、大丈夫。なにもされてないけど…ちょ
っとね」
郁也の歩夢への気持ちのあり方を知って、自分
とは違うのだと知った。
抱きしめるとは、言葉のままで理解していた。
が、郁也のは違った。
口に出せないような行為を想像してしまうと、
恥ずかしくて他人に相談出来るものではなかっ
た。
「卒業までは手を出さないから。それまでに
返事をしてって言われてもな〜……」
「そんなのNOだろ?」
「うん……そうだね…」
どうしても自分の中で、ノーとはっきり言え
なかった。
歩夢自身、本当はどう思っているのだろう。
郁也とのキスは嫌ではなかった。
むしろ………。
こんな事、言えるはずもない。
だから、誰にも相談できない案件なのだ。
言葉を濁すと、舞台セットを解体して衣装は
演劇部へと回す事が決まっていた。
「ねぇ、水城くん、さっき一緒にいた男性って
知りあいなの?ちょっと紹介してくれない?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ?私が狙ってた
のよ?」
「あんな人達どうでもいいわ。私に紹介してよ?
同じクラスじゃない?」
全く話もしない女子からのアピールにうんざり
する。
「知らない…僕も連れ回されていい迷惑だから」
「えぇ〜知り合いでしょ?仲良さそうだったし?」
「そうよ、そうよ!紹介くらいいいじゃない」
多分何を言っても聞かないだろう。
女子とはそんな自分勝手な生き物なのだ。
心の中はドス黒く、野心や嫉妬が渦巻いている。
こんなだから関わりたくなかったのだった。
綾野のように、単純で裏表なく人当たりがいい
人は実は稀なのだろうと、思う。
振り向かず、その場を去ろうとしたが、追い縋
る彼女達を睨みつけたのだった。
口に出していない声をも丸聞こえなせいか、い
い気はしなかった。
「よっ!大変だったな?」
「うん、ほんとだよ…。家族なんて絶対に言え
ない…」
「あぁ〜、だろうな。歩夢と親しくなれば兄ち
ゃんとの接点を作るのも楽だと考える女子が
いてもおかしくないな〜」
「ほんと、そんなのばっかだよ」
「せっかくのモテ期だと思ったのに、残念だっ
たな?」
「別に…そんな事望んでないし…」
歩夢は強がっていっているわけではない。
本気で興味がないのだ。
今は大学受験の勉強に必死で人に構っている余裕
なんてない。
それに、毎日勉強後の郁也からのキス……。
今日もそれを考えると、憂鬱になる。
あんな画像見た後でのキスは、いつもと全く別の
感情が頭を駆け巡ってしまいそうだったからだ。