42話 今はまだ話せない
朝になると早起きした歩夢が朝食を作り終えたと
ころだった。
「おはよ…ちゃんと眠れたのか?」
「うん。しっかり眠れたよ。それにこれはいつも
の癖みたいなもんだから…」
「水城ってさ〜、もう少し自分の事を優先しても
いいと思うぞ?」
「そう………だね。」
確かに自分の時間を削って家族の為にとやってき
た事は認める。
綾野からしたら、家族に尽くしすぎだと言いたい
のだ。
もう、自由にしていい………。
その現実は、嬉しいのだがいつもの癖のせいで早
く目が覚めるし、身体がいつものように動いてし
まっているのも事実だった。
家事、掃除、洗濯、これを全部来たばかりのまど
かさんにかませるのは酷だろうと思っていたが、
母親なら当たり前の事だった。
歩夢の母親もそうやってきたのだ。
全部歩夢が背負う必要はなかった。
「自分の事を…か…そうだよね、僕の時間を持っ
てもいいんだもんね……」
「当たり前だろ?苦労人がっ、少しは手を抜いて、
任せてもいい人なんだろう?」
「うん、そう…かも。」
まどかさんも郁也兄さんを一人前に育てあげた人
なのだ。
新米母親ではないのだ。
頼ったていい。
頼られた時に手伝えばいい。
そう思うと少し気が楽になる。
あとは、問題は郁也の事だった。
歩夢自身、兄をどう思っているのだろうか?
側から見たら、おかしな考えかも知れない。
男同士で、兄弟で………そして家族なのだ。
決して許される事ではないし、父からも軽蔑され
るだろう。
いや、父はまだいい。
一番辛いのは、まどかさんに軽蔑される事だった。
せっかく母親として慣れてきたというのに、こんな
事は口が裂けても言えない。
ありのままの自分を知って、それでいて拒絶されな
かったのは母親だけだった。
だから、少しばかり嬉しかったのかも知れない。
それはたとえ、下心があると分かっていても……。
食事を終えると食器を片付け、鞄を持つと玄関まで
出ていく。
「本当に大丈夫なのか?」
『あいつ、絶対に兄ってより……水城の事を……』
「大丈夫だよ。家には家族もいるし……それに部屋
にいても妹の美咲がすぐに入ってくるから二人に
なる事はないよ」
「それならいいけどよ…」
「うん、美咲が郁也兄さんの事大好きだから、頑張
って落としたがってるしね…」
「ふ〜ん………?それってダメだろ?」
「うん、でも、相手にもされないし…いいんじゃな
いかな?顔がいいっていつもはしゃいでるし」
「さすが美咲ちゃんだな……まぁ水城が安全ならい
いが…気をつけて帰れよ?」
「綾野……昨日はありがと」
「おう!」
何も聞かず、泊めてくれて。
突然訪問してきた郁也の事もだが、本当に深く詮索
されない事が、今の歩夢には有り難かった。
いつかは話して欲しそうな顔はしていたが、まだ全
てを話す勇気はなかった。