40話 弁解
綾野の家には、今両親はいない。
唯一綾野のいる前で郁也は歩夢と話す事を許され
たのだった。
「本当に、この人が水城の兄ちゃんなのか?」
「うん……」
「嫌だったら追い出すか?今日嫌な事があったん
だろ?それもこいつのせいなんだろ?」
ハッと顔を上げると、肯定しているようなものだ
った。
「やっぱりな、それで?あんたは言いたい事って
なんだよ?」
郁也は二人きりで話たいと言ったが、綾野は断固
として拒否した。
今の歩夢の態度を見ればよくわかる。
二人っきりになど出来ないと判断したのだ。
だが、家に戻れば何をするかわかったもんじゃな
い。
何があったのかなどわからないけれど、それでも
友人をこのまま放置はできなかった。
「わかった…ただ歩夢、これだけは信じて欲しい。
今日の事は俺の不注意だった。すまない。俺の
恋人と勘違いしたんだ。だからあんな事を…」
「おい、ちょっと待てよ。恋人って男を間違える
かよ?」
「綾野、郁也兄さんは男も女もさほど変わらない。
そういう事でしょ?」
「それは……歩夢の事は本当に大事なんだ、弟と
してじゃなく、一人の人間として好きになった
んだ」
「……」
友人の前でなんて事を言ってくれるんだと思うと
睨みつける。
綾野はというと少し不思議と考えてから口を開い
た。
「お兄さんってバイって事か?それで水城も範囲
内って事なのか?」
「違うっ、歩夢は特別で…」
「でも、顔はいいんだし、ヤリ捨てにしてきた連
中と同じって事じゃないのか?何が違うんだ?
そんな危ねーやつのいる家に帰る方が危ないだ
ろ?親には言ったのか?」
その言葉に歩夢は首を横に振った。
「そもそもなんで、あんたは水城にこだわるんだ
よ」
確かにそうだった。
歩夢と会ったのは電車で助けられた時が初めてで、
次に会ったのは母親の再婚相手という出会いだっ
た。
いつもなら、ただそれだけでこんなにも気になる
存在になる事はなかった。
なのに、どうして?
やっぱり、郁也を慕ってくれないからかも知れな
い。
「俺にとっては歩夢は特別なんだ……これだけは
誰にも譲れない。」
真っ直ぐに見つめられると、流石に困ったように
綾野を見てきた。
歩夢自身も多分本気で嫌がってはいない。
だからと言って、男同士でどうのという事を認め
ているわけでもない。
「読んでくれてもいい。歩夢、お前なら分かるん
だろう?」
「……!?」
「おい、分かるって何言ってんだよ?」
「綾野、ちょっと席外してもらえるかな?」
「はぁ?危ないだろ?こんな奴と一緒って………
分かったよ。何かあったら大声で呼べよ?」
「うん、ありがとう」
何か綾野には聞かれたくないナニカがあるのだろ
うと察すると、部屋を出た。
静かな部屋のなかで、歩夢と郁也の息遣いだけが
耳に届いたのだった。