第三話 駐屯地
焼け野原となった村に残された、焼き尽くされた遺体の数々。
僕はそれらの遺体を一つの場所に集めると、それらを埋葬し墓を建てる。
僕は一通り埋葬、そして瓦礫の山の後片付けを済ませると、平地となったリージ村を後にし、松明の導きに従って森の中を突き進んでいった。
「なあ、えっと、獣の人。
過剰な正義を振り翳す、正義の暴動の主犯格は一体どこにいるんだ?」
【ヤークでいい。
私が神獣代表としてあなたの質問に答えましょう】
ヤーク。
僕がリージ村に帰る前に、古代遺跡群で左目を短剣で突き刺した巨大な虎の魔物。
そして彼こそは古代遺跡群を統括する神獣のボスなのだそう。
僕はそんな神獣に向かってバチ当たりにも短剣で左目を潰してしまったのだ。
気まずいなんてレベルではない。
「ヤーク......お前、古代遺跡群で俺がナイフ突き刺したやつだよな?
目は......大丈夫なのか......?」
【ああ、それなら大丈夫。再生しますので。
なんせ神獣ですから】
「そうか......なんか、魔獣呼ばわりして、すまないな」
【そんなことは気にしないで。
神獣は確かに魔獣に似て非なるもの。しかし、神獣は魔獣とは根本から知性が違う。
それさえ覚えてくれれば構いません。
それより、話の続きをしましょう。
たしか、正義の暴動の主犯格、その話だったでしょう?】
「ああ」
【まあ、主犯格......というと少し違うかもしれませんが、今回向かう先はその正義の暴動を意図的に誘発している国なのです。
その国の名はムジール王国。
正義の戦争において兵や武器を世界各地に派遣し、多くの利益を得ている諸悪の根源の一派です】
「諸悪の根源......ムジール王国、やっぱり噂に違わぬ外道さだ。
数多くの村を襲撃してるってのもあながち間違いではないのはわかっている」
【ムジール王国め。
やはり王どもの思想は腐りきっていたようです。
この国を何年も見守っていましたが、民たちの生活は悪化の一途を辿っています。真の巨悪はムジール王国の王族と言っても過言ではないはずですよ】
「なら、王族を討ち取ればいいんだな?
目的が見えてはっきりした!」
【いや、そうは問屋はおろしません。
なにせ、ムジール王国は強力な軍事力を保有する軍事国家。
討ち倒せるなら苦労はしません】
「じゃあどうやって?」
【この先にムジール軍の駐屯地があるはずです。
そこに潜入し、仲間を引き入れるのです。
そうすれば、あなたでも可能になるかもしれません】
「ふーん......それ、結構ヤバいじゃん......」
僕は潜入という名のミッションに一抹の不安を抱きながら、森の中を潜り抜け、そして松明の輝きに導かれてムジール軍の駐屯地を発見した。
「あそこか......ムジール軍の駐屯地......!
あそこから情報を集めればいいんだな?」
僕は木陰に隠れ、密かに兵士たちの鍛錬の様子を眺めていた。
「どうする? あれの中に混ざるのなんて自殺行為だぞ?」
【いいえ、私にいい案があります】
「いい案?」
【神の松明を使うのです。
神の松明には変装するための機能が備わっているはず。
それで兵士に変身するのです。
そこで仲間を見つけるのです!】
僕は早速、神の松明に備わっているらしい変装の機能を使ってみた。
「松明よ、どうか僕をムジール軍の兵士にしてくれ」
僕は兵士に変身するイメージで松明に呼びかけ、そしてムジール軍の象徴とも言える鎧を装着することに成功した。
「よし、うまくいった!
あとは......」
今、ムジール軍の兵士たちは休憩時間に突入している。
この隙を逃すわけがない。
「とりあえず、怪しまれないように建物の背後から侵入だ。
行くぞ......!」
僕は森を大きく迂回すると、駐屯地の建物の背後から忍び寄り、そして外壁によじ登りすぐさま侵入成功した。
「よしよし、潜入成功だ。
とりあえず、どこか情報を聞ける奴を見つけないと」
僕が兵士たちの様子を建物から伺っていたその時、ふと背後から声が聞こえてきた。
「ねえ、君どこの人?」
「え?」
「見覚えのない顔だね。君、もしかして侵入者かい?」
「え、あっ、えと!」
僕は突然の出来事に慌てふためく。
しかし目の前の青年は僕の様子を見て朗らかに笑うと、そのまま僕に背中を向けた。
「ついてきて。困ってるんでしょ?
中を案内してあげる」
僕は彼の言葉に逆らえず、恐る恐る彼の後ろをついていくハメになった。
そして僕が駐屯地内にある彼の部屋にまで案内されると、彼は悠々と自己紹介を始めた。
「早速だけど自己紹介しよう。
僕はヌミシー。
それで、君は何の用があってこの駐屯地に来たの?
まさか叛逆とか、そんなんじゃないよね?」
「叛逆......なんのことだよ?」
「ま、そんなに気負わなくていいよ。
どうせそんなんだと思ったし。
王国はもう少し、自分らが敵を買いすぎてることを自覚してほしいものだけどね」
「敵を、買っているのか?」
「なんだ、知らずにここに来たの?
まったく、仕方ないなあ。
ちょっと仲間を呼んでくるからさ、待っててよ」
「仲間?」
彼は扉を開けて「おーい」と一声かけると、二人の人物が部屋に入ってきた。
「さて、紹介するよ、名も知らぬ人。
彼らは僕の親友、アークとバマウだ。よろしくしてくれ」
「よろしくしてくれじゃねえよ。
誰だよコイツは?」
「おいヌミシー、また無断で人を......
お前、怒られても知らないからな?」
「それがよ、コイツ変なんだよ。
王国の正規兵でもないのにこの鎧を着てるのが。
だからその辺も踏まえてどういう用があるのかなってさ、思って」
「そういえば鎧を着てるな。
おい小僧、鎧の無許可による取り引きは違法なんだぞ?
バレたら捕まるどころの話じゃねえ。
場合によっては極刑だってあるんだ。
早く捨てな、その鎧を」
「いえこれ、ただの変装なんです」
僕は鎧を松明を使って解除する。
すると彼らは大目玉を喰らったのか、飛び起きるように目を見開いた。
「驚いた......! そりゃあどういう魔法だ!?」
「聞いてください。僕はムジール王国に用があってきました。
僕は彼らの有する正義の兵を倒すためにここまできました。
悪いですが、情報を話してくれませんか?
困っている人を少しでも救いたいんです」
「そんなこと、言われてもな......」
「突然情報を渡せってよ、そりゃあねえぜ兄ちゃん。
無茶言われると、こっちだってそれなりの対応をしなくちゃならねえ。わかるな?」
「あなたは、ムジール王国に何か思うことはないんですか?
彼らは罪もない人を悪にして村の人を襲ってるんです。
彼らが掲げる正義は狂ってることなんて、考えればわかることでしょ!?」
「兄ちゃん、あんまり国の悪口を言うもんじゃねえ。
それにな、それを思っても誰も逆らえないのが現状なんだ。
奴ら、特に国王を取り巻く者たちはとんでもない力をその手に有しているという」
「とんでもない、力?」
「ああ、ムジール王の仕業だ。
奴は自身の周りを強力な配下たちで固めている。
だからこそ、俺たちは逆らえないんだ」
「じゃあ、対抗手段が必要ですね」
「あるものか、そんなもの」
「ありますよ。僕が持ってるこの松明です。
これは特別な力が宿ってるんです」
「松明って、その杖みたいなやつのことか?
馬鹿を言うな。そんな簡単に国王を討ち倒せるなら既に誰かがやってるさ。みんなはもう、奴に挑むのを諦めてしまってる。俺らは生涯、ムジール王国に仕える奴隷なのさ。
ほんと、終わってるよな、この国はさ」
「おい、やめとけよ、王国の陰口言うのはよ」
「仕方ねえだろ!?
俺たちの魂は既に売られたも同然のことなんだ!
このまま無様に生き永らえて一体どんな未来がある?
無駄に時間を浪費して、自由も掴めぬまま死ぬだけだろ?
そんなのを生きてるって言うのかよ!」
僕の中で憤りの感情が芽生えてくる。
そうか、彼らは楽しくてやってるんじゃない。
苦しみながらもがき続けてるんだ!
そう思えた途端、僕の中に小さな勇気が湧いて出た。
「じゃあ、僕が変えて見せますよ!
僕がこの国を変えます! 悪しき王を必ず討ち倒しますから! だから、あなたの力を私に力を貸してくれませんか?
僕は一人じゃ無理なんです。誰かがいないとダメなんです。
お願いです、どうか力を貸してください!」
僕が大声を張り上げたその時だった。
ヌミシーの部屋の扉がキィイと開いたのは。
「おい、うるさいぞお前たち。
また罰でも受けるか、ヌミシー?」
「え、遠慮しますよ、流石に......」
「遠慮は要らんぞ? それで、そこにいる奴は誰だ?
見覚えのない顔だが、こんな奴ウチの軍にいたか?」
「い、いましたよ、忘れたんですか? 騎士長」
「忘れたも何もない。そいつ、ウチの隊の人間じゃないな?
何者だ? 名乗れ、小僧」
ヌミシー曰く騎士長と呼ばれるその人物は僕を怪しみ、スルリと剣を抜いた。
その時、僕は彼の顔面に強烈な殴打を叩き込んだ。
「ぐぁああああああ!!!!」
「お前、何してるんだ!?」
「あなた方が恐れるのは巨大な力でしょう?
なら、僕がそれを超えることを証明してあげますよ。
僕がこの国を、人々を救います。
国王の自由になんてさせない!」
「お前、なんてことを......!」
僕は騎士長というヌミシーより立場のある人物を殴り飛ばす。
そしてその状況に駆けつけた訓練兵たちが敵襲の笛を鳴らした。
「敵襲! 敵襲! 鎧を着用した不審な青年が侵入した模様!
侵入者を急遽確保せよ!」
僕は部屋の窓から飛び降り、兵士たちが鎬を削る広場の上に着地する。
そして僕を襲撃者として認知した兵士たちは、僕を見てするりと剣を抜いた。
「無茶だ! この数相手に敵うわけない!」
「心配要りません。僕は負けませんよ」
ざっと目算した限り、僕を取り囲んでる兵士の数はゆうに二百を超える。他の兵士たちを含めると、おそらく四百を超えるだろう。
「面白い......! これだけの数相手に戦ったことなんてないぞ?」
僕は武者震いをする。
彼らはムジール王国の誇る強い兵士たちだ。
だがなぜだろう、不思議と負ける気がしない。
「戦ってやる! 行くぞ!」
ムジール王国の兵士たちが集団で僕に向かって突撃してくる。
僕は手に取った神の松明で兵士の持つ剣を捌いていく。
兵士たちの剣技は驚異的だ。
今までの僕なら手も足も出なかっただろう。
しかし、今の僕なら不可能はない。
なぜなら、この神の松明に与えられた力があるからだ。
僕は今、人間を超越した力を有している。
「何!?」
「なんだ、この強さは......!」
「神の松明は僕を導いてくれる!
かかってこい!」
兵士たちは僕の並外れたパワーと動体視力を見て戦慄する。
今の僕は目にも止まらぬ速さで大地を駆け抜け、はたまた岩をも素手で砕く力を有している。
そのパワーを警戒してか、周囲の兵士たちは突撃を取りやめ、冷静にこちらの観察を開始する。
見に徹してるようだ。
僕は彼らの呼吸のその僅かな狭間を狙うように、瞬時に間合いを詰め懐を叩きまくった。
「あばばばばばば!!!」
「隙だらけだぜ」
その後、僕は数多くの兵士たちのいる駐屯地を半ば半壊させることに成功した。
一人一人はこの松明ありきの力では大したことがなかったように思えたものの、松明なしではまともに戦えないであろうほどに強かった。
高度な駆け引きの影響で精神は磨耗するし、数と連携によって多くの時間を奪われたが、松明ありきでなんとか兵士たちを叩き伏せることができた。
松明様々の力である。
「さて、あとは......」
僕は残された兵士たちを見た。
彼らは僕の戦いに無謀にも挑まず、そこで命を守るために傍観していた者たちだ。
まさかこんなことになるなんて思いもしなかっただろう。
それらの兵士の中には、先ほど僕が話していたヌミシーらも混じっていた。
僕は彼ら残された兵士たちの前にゆっくりと歩いて詰め寄る。
ほとんどの人たちは僕への畏怖で「ひい!」と声をあげて逃げ出す。
その様子を見て僕はショックを受けるが、例の三人組だけはその場に残って待っていてくれた。
「えっとさ、こんな風に言うのもなんだけどさ、息苦しくない? この王国に従ってて、余所者が何言ってんだって思うかもしれないけど、やっぱり人を蔑ろにしちゃダメだよ。
人あっての国であり、街だから。だから......僕と一緒に戦わない?」
我ながら不器用で、下手くそな勧誘だった。
僕は断られてもいい、こんな危険な力を持つ人間の言葉を聞きたくないだろうと半ば諦めかけていた。
しかし、彼らは違った。
彼らは僕の差し出した手をガッチリと掴み、そして言い放った。
「アンタなら、どうにかできるのか?」
「え、うん。できる。できるよ!」
「アンタの戦い見て感動した!
僕はバマウ! アンタが王国を変えたいって気持ち、伝わったぜ! 正直俺らもこの卑屈な世界をどうにか変えたいって思ってたんだ!
アンタの旅路、俺らがお供するぜ!」
「俺も、だ。
俺は、えっと、アーク、だ。
よろ、しく」
「本当にいいのか? 僕に協力なんてしたら、命を狙われるかもしれないんだぞ?」
「覚悟の上さ。
どうせ、このまま生きてても後悔するだけだ。
お前のような希望の可能性が目の前にあるのなら、その希望は掴まなくちゃならねえ!
さあ、行こうぜ! 俺たちがムジールへ案内してやる!」
「本当かい!? ありがとう、ヌミシー!」
こうして僕は新たな仲間を得ると、打倒ムジール王を掲げ結束を強めていった。