第二話 呆然と獣
「え......?」
開いた口が塞がらない。
そんな気持ちになったのは生まれて初めてだった。
気力で満ち溢れていた自分とは対照的に、その焼け落ちた村からは命の気配すら感じ取ることはできなかった。
燃え尽きた死体、咽せるような煙の臭い、肺を焦がすような息苦しさ、そのどれもが僕に絶望の感情を抱かせた。
「おやおや、こんなところにも死に損ないの雑魚がいるようで」
燃え上がる火の海、その影から一人の男が現れる。
「はじめまして。私はムジール王国軍隊長イーグンです。
あなたは、誰です?」
「そんなことはいい.....そんなことは......。
みんなは、みんなはどこへやったんだ!」
「みんな? ああ、村の連中のことですか。
彼らなら、もうあの世に向かってますよ?
一人も残さず殺すのが我らのルールですから」
「殺......した......?
みんなが、全員?」
「ええ、死にました。
死体なら山のようにありますけど、見ます?」
イーグンはうずら笑みを浮かべ、僕を嘲笑う。
その言葉が僕に対する嫌がらせであることを察すると、僕は涙を流しながら怒りに震えた。
「返せよぉ......みんなを、僕の村を、返して......
返せぇええええええ!!!!!」
僕は勢いよく飛び掛かる。
しかし、イーグンの強さは桁外れで、僕の松明による強打を次々といなし、そして僕のみぞおち、こめかみの部分に剣の鞘を叩きつけた。
「ぐはっ!」
「格が違うんですよ、格が。
あなた程度じゃあ、僕に敵うことはありません。
残念でしたね。実力が違うのです」
「クソッ......クソォオオ......!!!」
僕は地面に両拳を打ちつける。
悔しさのあまり、涙で前が見えずにいた。
これが、理不尽......。
突如として全てを奪う、この世界の悪魔......正義......!
弱い者はその尊厳さえ取り上げられてしまうのか......!
「ですがあなた、中々見応えがありますねえ。
それにその杖、どうやら希少な物のようです。
どうします? あなたが良ければ優遇してあげますよ?
王国の兵士として務め、我らにその杖を献上するのです。
そうすれば命は見逃してあげましょう」
僕は......目の前の男に命を握られていた。
松明を差し出し命乞いをするか、はたまた死ぬか。
僕は、僕は......。
「殺せよ......。
お前なんかに、魂なんてやれねえ......。
もう、生きるのも無意味だ......」
「そうですか......残念です。
あなたなら、出来のいい兵士になると思っていたのにね。
チャンスを棒に振るとは、愚かな......」
イーグンが剣を大きく振り上げる。
僕にトドメを刺すのだろう。
僕はもう生きる意味はない。かろうじてその刃を受け入れる所存だ。
「では、我らのために死になさい」
一閃の刃が僕の頭上にまで迫る。
僕は無気力で、愚かで、無力。
もう、ダメだ......。
そう覚悟したその時、かの者たちは現れた。
【生きる希望を失ってはいけません!】
「え?」
僕の背後から黄金色の神秘的な物体が突如として飛び出す。
僕は声に気を取られて後ろに振り向くと、そこには僕を守るように大量の魔物たちが集結しており、そしてイーグンの振り翳した刃を一匹の獣が額で受けていた。
「なん、で......?
なんで魔物が、僕を助けるの......?」
【魔物ではありません。
私たちは偉大なる神、その松明の主に付き従う神獣。
あなたを守るためにお供します!】
「な、なんだと......!?」
イーグンは突如として攻撃を防がれたという事実に動揺。
その隙に大型の肉食獣の姿をした魔物が横から突撃し、イーグンを森の果てまで吹き飛ばした。
「がぁあああああ!!!!!」
「どうして......どうして助けたの......?
僕はもう、生きる理由もないのに!」
【生きる理由はあります。
あなたは我が主に選ばれた新しい主人。
あなたがいれば、この世界にいる多くの者たちは救える!】
「多くの......者......?」
【はい、この世界には過剰な正義を振り翳す『正義の暴動』と呼ばれる戦争を引き起こした悪魔がいます!
その悪魔を倒さない限り、この世界に安寧は訪れません!】
「じゃあ、その悪魔を倒せば......!」
【ええ、多くの命を救えることでしょう!】
僕は久しぶりに勇気が湧いた。
悪魔を倒すこと、世界中にいる困っている人たちを救うこと、僕には新しい目的ができた。
「やろう......やろう!
世界中で困ってる人々を救えるんだろう?」
【ええ、あなたなら、必ず......!】
「なら行くしかない!
どこだ? 一体どこへ向かえばいい?」
【その松明の指し示す先です。
その松明はあなたに新たな光を灯す。
松明の導きに従えば、きっとあなたは世界を救えるでしょう】
「わかった! じゃあまず、この村の鎮火から始めようか!」
僕は松明に膨大な力、エネルギーを込める。
なんだか自分が自分じゃなくなるような感覚だ。
そして......。
「松明よ、邪悪な灯火を、この村から消し去りたまえ!」
僕がそう唱えた途端、松明は村中の炎を掬い上げ炎の海を空に浮かべた。
そして村に幾つかの死体とそれを処理する兵士たちの姿を見つけると、僕は魔物たちに命令を出した。
「獣たちよ、アイツらを、倒せ!」
僕の掛け声につられて魔物たちはいっせいに兵士たちに飛び掛かる。
そして一通り殲滅し終えると、僕は人々の屍体を集め一つの墓にして埋めた。
【主よ、その松明『神の松明ドレイド』には人を救う力がある。その力を使って、どうかこの世界を救ってほしい】
「わかっているよ。僕はもう決めたんだ。
言われなくても......わかってるさ......」
村全体が焼け野原と化す中、僕はしばらくの間自分の燃え尽きた実家の外から村の焼け跡を静かに見つめていた。