第一話 リージ村の用心棒
正義の暴動。
それは過剰な正義を振り翳す非常に悍ましい悪夢の権化。
自らを正しいものだと認知する彼らの言動は、すべて魅入られた剣の力に支配されている。
正義って怖いよね。
百人いれば百人の正義があって、万人いれば万人の正義がある。
すべて、何一つとして一致はしない。
万人の胸に宿る頭脳の指紋。
そんな頭脳の指紋だが、時折強くその爪痕を現世に残すことがある。
それは過剰な正義が人を魅了した時、つまり人が正義という名の盲目の魔物に取り憑かれた時だ。
与えられたモノが違う。
しかし、人には平等にその命を分け与えられる。
才能は千差万別であるクセに。
きっと、そんな優劣が人々を力に、魔に魅了する世界にしてしまったんだ。
彼らは正義を正しく振り翳すことなどに眼中はない。
いかに闇雲に振り回し、この世を自分の思い通りにできるかである。
僕はそれこそが正義の本質、人の扱えない過剰な力の本質だと思っている。
ーーーー
神の松明。
かつて天変地異が世界を襲った時に生まれた時空のヒビを焼いて塞いだと言われる人類の希望の灯火。
現在はとある遺跡の奥地にて保管されており、人類を襲った天変地異の第二波を祓う人類の切り札として深い間眠りについている。
ムジール王国の真実。
それは数々の正義の兵を輩出した、『正義の暴動』の中心地。
正義の暴動は今、世界中に絶え間なく広がり続けており、その暴動を止める勢力は未だ現れてはいないという。
そんな最中、ムジール王国より遥か遠方の方角にひっそりと人が住んでいる村があったとか。
僕、ムジール王国を目の敵にしているアシヌはそんな逸れの村『リージ』にて生まれ出た。
僕はアシヌ。リージの村を守る用心棒だ。
現在は山間部に位置する遺跡の入り口から迫り来る強敵の数々を討ち払っている。
その姿はどれも異形で、動物の形から非常にかけ離れた存在、恐怖を彷彿とさせるフォルムをその身に宿した、魔そのものである。
僕は村の外側で何が起きているのかを流浪の商人に聞いていたので、村の外にも危険が待ち受けていることは既に知り得ていた。
しかし今、それ以外の脅威が僕らを襲っているのだ。
僕はその異形の化け物どもの元凶を確実に駆除するため、山間部にある古代遺跡群に向かって歩みを進めていた。
「最近リージ村の周辺がザワついてる。
おそらく、正義の兵たちによる村狩りが起きているんだ。
正義と書いて神と読む......アイツらの思想はロクでもない。
それに遺跡群の魔物まで溢れ出す始末。
なんとかしないと......!」
今回僕が独断で自分に課した任務もとい目的は『魔物の発生源を断つこと』だ。
魔物は世界中に蔓延る凶悪な肉食獣のようなものだが、人々に害をもたらす上に食用にもならないことから、凶悪な害獣として村のみんなに嫌われている。
本当に、奴らを退治するだけでも相当な労力を使う。
「クソ......本来なら、他の村と合同で事態の解決にあたるはずだったのに、既に三ヶ月も連絡が途絶えている。
まさかとは思うが、やはり嫌な予感は拭えないな」
僕は懐から長いロープを取り出し崖の上の木にめがけて巻き付けると、そのまま崖を半命懸けで登っていった。
そして巨大な山々の岩肌をテンポ良く駆け上がっていった後、僕は例の古代遺跡群に辿り着いた。
「とうとう着いた。
久しぶりに来たが、随分と荒れている。
これが夜になると魔物の発生源になるのか」
僕は慎重に遺跡の中を覗き込み、抜き足差し足で気配を消して遺跡内に潜伏する。
カビや埃に塗れた石床と石壁を潜り抜け、いつものように発生源と思しき場所の調査に取り掛かる。
「魔物の発生源は毎回異なる場所にある。
魔物が溢れかえる前に終わらせないと」
魔物は夜になると一斉にその数を増やす。
日中は太陽の光の影響で遺跡の奥地に身を潜めているが、夜になるとその凶暴性に拍車がかかり、人々の村を襲うことがあるのだ。
それを対策するために、なるべく日中の早い段階で奴らのコロニーを徹底的に叩いておくのだ。
「今回の任務は一人任務だ。
いつも以上に骨が折れる。
大丈夫、僕ならやれる......!」
僕は松明に火を起こし、次第に暗くなる遺跡内の通路を照らしていく。
崩れた瓦礫の隙間より僕の焦燥感を煽る夕暮れの日差しが差し込むのを感じると、僕はそのまま駆け足で発生源の特定を急いだ。
「まだ見つからない! なぜだ!?
いつもなら、もう見つかってる頃合いだぞ!?
ヤバい、どんどん日が暮れてきている......!」
息が乱れ、空気が重くなる。
こういう時は大抵よからぬことが起こるものだ。
まずい、まずい、このまま撤退するのもかなり危険だ。
予想以上に調査が難航している。
こんなことが、あってはまずい......!
僕は一通り考えた挙句、苦渋の決断を下す。
「やむを得ない。命あっての調査だ。
これ以上の調査は文字通り命に関わる問題になる」
僕は急いで来た道を引き返す。
しかし、ザワザワとした空気が肌を突き刺すと、遺跡の最奥から猛烈な悪寒を放つ雄叫びが僕の鼓膜を強く叩いた。
「ヤバい、本格的にヤバい......!」
猛獣たちの呻き、悪夢の予兆、凶悪な肉食獣の群勢は密かに遺跡の中で息を吹き返していた。
「しまった、もう入り口に魔物が......!」
入り口には既に魔物が徘徊している。
これはまさしく窮地と言っても過言ではない状況だ。
「こんなことなら早く撤収しておけばよかったな......
裏口から抜けるか......あれ? 誰か倒れてる......! 子供!」
僕は遺跡の入り口に屯する獣のその背後で、突如子供らしき影が倒れているのが目に入った。
子供はゴトッと音を立てて地面に落ちると、その音に耳を立てた獣は後ろを振り返る。
その獣はどう考えても僕が勝てる相手ではない。
僕の体格の七倍はあるであろう巨大な体格と虎にも似たフォルム、そして鋭い牙を携えた凶暴な魔物は野生の本能が赴くままに子供を捕食しようとしていた。
あんなのと戦えば、僕だって命はない。
「まずい、どうする?
子供が......! でも早く逃げないと......!」
僕は子供を助けるか、あるいは子供を見捨てて逃げるかの二択の選択肢を突きつけられていた。
「子供が......死ぬかもしれないんだぞ......!
見逃せるわけ、あるものか......!」
僕は運命の決断をした。
その決断、僕の最初の分かれ道。
その結果、決めたのは......。
子供を見捨てない道だった。
「そこまでだぁあああああ!!!!」
僕は祖父の形見である腰つきの短剣を抜くと、石壁を駆け抜け渾身の突き刺しを魔物の左眼に打ち込んだ。
「ガゥオオオオオオオオオ!!!!」
激痛に悶える魔物。
そしてその背筋を凍り付かせる咆哮で、眠っていた彼は目を覚ました。
「ふぇ......?」
怒り狂った魔物は目の傷跡を嫌がり、あっちこっちに全身をぶつけて暴れ狂う。
それらの様子を冷静に見ていた僕は、目を覚ました少年の手を引き、裏口に向かって走ることにした。
「少年、こっちだ!」
僕らは勢いよく走り出す。
名も知らぬ少年は「ハァ、ハァ」と息を上げると、僕らは裏口前で魔のモノたちに囲まれていることを悟った。
「まずい......! 完全に出入り口を封鎖された!」
もうダメか、と覚悟を決めるその時、少年は薄く淡い緑の道標が僕らを導いているのに気づいた。
「お兄ちゃん、こっち!」
僕はぜいぜいと息を切らす少年に手を引かれ、その淡い光の示す先、その扉へと辿り着く。
そして扉に重りとなりそうな瓦礫を立てかけ、僕はその淡き光の正体を目にした。
「松明......!?」
「お兄ちゃん、これ、普通の松明じゃないよ。
僕らを呼んでたんだ。これは、神様の松明だ」
僕は少年の言葉を真に受け、祭壇らしき場所に据えられていた松明を手に取る。
少年はどうやら、形見のペンダントのようなものを首に巻いてるようだった。
翡翠色のぼやく光を放つ美しい松明は、まるで神様がこの世にもたらした魔法の杖のように見えた。
「これを手に取れば、何か変わるかもしれない......!」
僕は不思議と松明に引き寄せられた。
この時の僕は、その松明を手に取る資格を持つのだと、その眩い光は直感にそう語りかける。
運命の分かれ道だ。
「お兄ちゃん、その松明を取ればもう後には引けないよ?」
少年は僕の運命を見透かすように語りかける。
そうだ、これほどとびきりの光を放つ松明がただの松明なわけない。
手に取るなら全てを捧げる覚悟を決めないと......!
僕はそう自らに語りかけ、深く息を吸い込みその宝石のような松明を手に取った。
その瞬間、僕は広大な宇宙の真上で自分の体が佇んでいるそんな景色を目の当たりにした。
世界は大規模で、幾つにも砕けて分かれた流星が自分の真横を無数に通り過ぎると、最後に自分の真正面に巨大な壁らしきものが急接近するのがわかった。
それは巨大な星だった。
あまりにも大質量だったため、その規模感を目視できなかったのだ。
そして自分と星が衝突し光の波動を周囲に無数に撒き散らすと、僕は夢の世界から目覚め意識を取り戻した。
「あれ?」
僕は辺りを見渡す。
ここは先ほどと同じ空間、祭壇のある部屋だ。
だが、この妙な違和感。何かを忘れてるような......。
「そうだ、少年!
彼はどこ行った!?」
僕は全身の軋む音を地面に置き去りにして、早速少年を探し始める。
こんな危険な古代遺跡の内部で道に迷うなんてことがあれば大事だ。
それこそ彼の命の危険に関わる。
「せっかく助けた命だぞ!
それを簡単に殺されてたまるものか!」
僕は気配を殺し耳を澄ませて遺跡の廻廊を駆け回る。
しかしなぜか、不思議と魔物と遭遇することはなく、気がつくと綻びた遺跡の石壁から黄金色の光が溢れていた。
「真夜中じゃない! まさか、日中か!?
じゃあ少年はどこにいるんだ!?」
僕は遺跡内をくまなく探すも見つからず、少年が外に逃げ出した可能性を危惧して遺跡群の入り口から飛び出、僕はそこであまりにも予想外のものを発見した。
「墓石.....なぜこんなところに......?」
遺跡の外周を半周ほど回った先に、奇妙な形状をした墓石のようなものが埋められてあった。
どうやら誰かを供養した後らしい。
しかしそこに見覚えのある物が地面の上に転がっているのを見つけた。
「ペンダント......あの少年のものか......!」
僕はペンダントの中身を見る。
それはとても古びたもので、年代を見ると僕らの年代よりおよそ二百年は前の物であることが判明した。
「二百年前のペンダント......そしてその中に映っている写真の子供と昨日出会った子供が同じ......まさか......!」
そう、僕は幽霊に出会っていたのだ。
経緯はわからないが、彼はこの地で亡き骸になってしまった少年だったのだ。
その少年が、きっと僕の窮地を見兼ねて助けてくれたのだ。
かつて助けられずに死んでいった自分と重ねて。
「少年......いや、お兄さんなのかな。
君は僕を守るためにわざわざ出てきてくれたんだね。
ありがとう」
僕はそうお礼を口にすると、土や苔を被った石を綺麗に掃除し、そして古代遺跡群を出立した。
「結局、発生源らしきものは見つからなかったな。
これは早急に村のみんなと対策を練らないといけないな。
急がないと」
僕はあり余る体力で急いで山を駆け下り、リージの村へと戻る。
するとそこには燃え尽きてすでに火の海と化した悲惨な村が僕を待ち詫びていた。
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