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グレイ  作者: 岡部樹
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プロローグ

初めまして。更新はゆっくり目になるかもしれませんが、よろしくお願いします。

 真珠湾に神の啓示が降りた。そう言いたくなるほどに美しい夜明けだった。第3艦隊に所属するアーレイバーク級駆逐艦「DDG-175 Carteret(カータレット)」に第7艦隊転属の辞令が降りたのは、その日のうちのことだった。オアフ島は朝方の静寂の中に佇んでいる。海面に光の粒が浮き上がり、湾内の艦の灰色をうっすらと照らしていた。

 教会に行って牧師の話を訊きたい。我々のこれから進む道、人間の尊厳とあり方、そして神との関わりを今一度。(they)はなんと言うだろうか。艦長のリーン海軍中佐は艦橋の見張り台から西の方角を眺めていた。潮の匂いが鼻をくすぐる。1月の少し冷えた空気に鼻をこすると、指先から硬い音が響いた気がした。

 その容姿は昔の人々からすればひどく異様とされる。顔の4分の一、5分の一は占めていると言われても不思議ではないような大きい目。これは解像度の高いカメラを入れているから。鼻を鼻と思わせないような、顔の中央に佇む突起。匂いを嗅ぐのにあのような大きい物は必要ではないから。さながらアニメーションのキャラクターのようで、著名な宇宙人のイメージと重ね合わせて「グレイ」などとも揶揄されるようなこの姿は、紛れもなく人間の文明が起こした機械の体だった。艦長のリーン以下、USSカータレットの乗組員180余名は皆、機械の体を手に入れた人間で構成されていた。

 カータレットだけではない。今は南北に分断されているアメリカ合衆国、その北部に属する者はすべからくして同じような姿を身にしている。かつての南北戦争と全く同じ勢力図。その力関係はひどく歪で、北部諸州が屈服させようと思えば南部などひとたまりもない。ただ、その人口は北部が8000万人強で、南部は優に2億を超えている。それでもなおこの優勢を維持できているのは、ひとえに機械の体の優秀さの証左なのだと。皆、そのように信じている。信じられている。

 機械の体に教育は無い。必要な知識はその都度一瞬で身に着けることができる。そこに個体差は無い。煩わしい障害も無ければ、生まれもった身分の差に泣き寝入りすることも天運を恨むこともない。あるのは究極の平等。パイの分け前が残っている限り、皆が思うがままに付きたい職について生きていくことができる。ああ、何と素晴らしいのでしょう。北部の者たちがそれを誇りにしていることに疑いようはない。

 ただ、そんな素晴らしい国に生きる我々に一切の脅威が無いかと言えばそんなことはない。我々を人間と認めない者たち、生身の体であることを選んだ者たちとの溝は、埋まることなく深まり続けている。

 リーンは早朝、第7艦隊司令部に呼び出されたときに言われた言葉を思い出していた。


 臨時司令部の些末な応接室にて、艦隊付きの参謀大佐が対面で微笑みを投げかけている。リーンの手には指令書が握られている。

「指令書の記述には、『我が国の友邦と関係を密にするためのあらゆる行動を視野に』とありますが、この『行動』に戦闘行為も含まれていると考えてよろしいものかということを訊いておきたく」

 大佐の顔は変わらない。階級章に見合わぬ若々しく作られたいで立ちに微塵も隙を見せず、ただじっとリーンの出方を伺っているようだった。

「含まれている、というよりは、前提をどのように考えているのかをお訊きしたい。示威的に留めるのか、それとも実力行使も多分に考えておられるのか」

「相手の出方次第ですねえ」

 大佐は濁すように言った。リーンは少し間を置いた。

「お恥ずかしながら、我々は今まで最前線にいませんでした。乗組員にどのように伝えるかにも関わってきますので、どうしてもお訊きしたく」

 また少し間が空いた。応接室の窓が日光に焼ける音が聞こえる。おもむろに大佐の口が動いた。

「現状、日本をはじめとするアジア諸国と我々の関係が冷え切っていることはご存じでしょう」

「はい」

「先ほど艦隊司令にお会いしたときにも言われたことと思いますが、アジア諸国における同胞の扱いには目を覆うようなものがあります」

 同胞とは、我々と同じ機械の体を手に入れた者。その前提なくばこの話は進めない。同胞の定義を頭の片隅に、リーンは大佐と相対する。

「我々合衆国はすべての人間の自由と平等を理念に置き、それを守っていく義務があることも当然ご存じでしょう。そのためにもアジア諸国の現状は見過ごせない。今の中央政府はそのような姿勢をとっています」

 大佐はアジアからの亡命者がその総数は少ないながらも断続的に合衆国にやってきていることを口頭で説明した。

「結論を申し上げますと、実力行使も大いに考えうると思ってください。追って詳しい指令をお伝えすると思いますが、長いスパンで見ればこの諸外国との『新冷戦』ともいえる状況は合衆国の利にはならないと軍は考えています。アジア諸国からの亡命者にも、祖国への帰還を望む声は大きい。あくまでも可能性の話ではありますが、この者たちが合衆国の不穏分子とならないことも考えられないわけで」

 大佐はそれ以上は不確定要素の話だとして口を紡いだ。ただ、個人的な思いだと前置きして一言添えた。

「私たちも最初期は迫害を受けて来ました。私個人としては、苦しんでいる人たちの力になってあげたい。姿かたちが変わっても、心の在り方は変わらないと思っています」

 リーンは大佐の言葉に頷く。

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