83話 もうひとつの新要素
巨大ブルースライムから分裂した雑魚のスライム達を掃除し終えた俺たち。
当然と言うべきか、皆、突如現れた獣人の女性に関心を寄せていた。
「さっきのアレ、何だったんだ!?」
「爆弾? あんなアイテムあったっけなぁ」
「というか従獣士なのにもうこんなレベル! 是非ウチのクランに入ってくれ!」
大人数に囲まれる女性だが、どの質問にも誘いにも応えず、愛棒の白狼を撫でたり餌をやったりしていた。
「どう思う、どんぐり」
「ウゥム、見たことの無いユーザーだのォ」
「だけどあの動き、少なくともフルシンクロVRゲームに慣れてるって動きだったよな」
「ああァ、別ゲーの猛者が移住してきたのやもしれぬ。いやそれよりもあのアイテムだァ! スプベアは何か心当たりがあるかァ?」
「まあ、無いではないが……」
「ホウ! ズバリ何なのだあれは」
「おそらく新要素の……」
と言いかけて、止めた。
何せ確証が無い。
折角ご本人様に約束を取り付けたのだ、どんぐりに説明するのは実際に裏を取ってからにしよう。
「おーい! そんなとこで何ゴチャゴチャ話してるんだよ。あのアイテムについて聞きたいんだろ?」
「ええ、お聞かせ願えれば幸いです」
「いいよ、来な。移動用のモンスターは居るのか? 従獣士だろ?」
「はい、居ます」
少し寂しそうな表情をするどんぐりに別れを告げ、俺は移動用のテイムモンスター──ゲッコウではない、アイツは言うことを聞いてくれないからな──で女性のあとを追った。
行く先はホルンフローレンとは逆方向、マップの外へ外へと走る。
草原を越えて森林エリアへ入ると、ようやく目的地がどこなのか分かった。
このゲームにはいくつかの居住エリアがある。
居住エリアとはその名の通り住宅を構えられるエリアのことで、代表的なのは王都ホルンフローレンとサイジェンのリゾート島だろう。
しかしその他にも、大陸中に居住エリアは点在している。
そのひとつがここ、大森林の最中にありゲーム内設定では妖精の故郷とされる地域────エルフィンベッドである。
「悪いね、狭い部屋だけどくつろいでくれ。オレは着替えてくる」
気付けばその女性のハウスに招待されていた。
女性が別室に引っ込み暇になったから、部屋を観察させていただいた。
へえ、ちょっと意外な内装だな。
本人は如何にもワイルドな野生人って風貌だが、ハウスは案外可愛らしいというか……。
おっ、あのミュージックコンポ『Neck-rune』製だ。
何だか嬉しいな、知らない人が仲間のブランドの製品を使っているだなんて。
帰ったらネクロンに報告してやろう、きっと喜ぶぞ。
「待たせたな。これ飲みな────あっ、やば」
戻ってきた女性はシンプルな部屋着らしい衣装に着替えていた。
従獣士の装備では気が付かなかったがこの女性、ムラマサやミロルーティに負けず劣らずのバツグンのスタイルを隠し持っていた。
全体的にラフな印象を与えるシンプルシャツに、タイトめのパンツスタイル。
戦闘装備では後ろで括られていたオレンジの長髪は、今は楽に下ろしている。
そんな彼女は見慣れたドリンクを2つ携えていた。
「“レッディサワー”じゃないですか!」
「い、一応お茶とコーヒーもあるけど!」
「いえ! 俺、“レッディサワー”大好きなんで! それにしても、あっちのコンポも『Neck-rune』ですし……もしかして『クラフターズメイト』のファンだったりします?」
「ああ、まあね。あそこは本当に良いアイテムを作ってる。オレも生産職かじってるからね、本当に……素晴らしいクラフター達だよ」
やっぱり嬉しいし、誇らしい。
まったく知らない人にまで仲間の実力が認められているだなんて。
俺は本当に最高の環境に巡り会えたんだな。
「改めて自己紹介だな。オレは『ファイスト』。クラスは従獣士とワイルドアーチャーがメインで、他にも戦闘職と生産職を少しずつ取ってる」
彼女の頭上にあるネームプレートの色を見るに、まだこのゲームを始めて間も無いと見える。
それでいて複数のクラスのレベルを上げているだなんて、さてはかなりのゲーマーらしい。
「俺は『くまさん』と申します。生産職専門クラン『クラフターズメイト』所属で────」
「知ってる、有名だしな。その正体は突如姿をくらました伝説の魔銃士『Spring*Bear』……だろ?」
「ええ、何だか恥ずかしいですね」
「オイオイ恥ずかしがるなよ。正真正銘の伝説的ユーザーなんだからさ」
そうは言われても当の本人からすれば実感が無い。
伝説だの何だのと言われようが、実情はただ愚直に好きなゲームを遊んでいただけの一般人なのだから。
「それで? あの爆弾? みたいなアイテムは何なんです? ある程度の予想はできてますが、やはり実際の使用者に訊いてみたい」
「ああ、その話をしようか。まず言っておくが、あのアイテムはオレ以外の誰も所持していない代物だ」
「やはりそうですか。ということは、そういうコトなんですね?」
「イエス。あのアイテムは、従獣士ではないもうひとつの新要素によって生産されたユニークアイテムだ」
そう、『The Knights Ⅻ Online』の11周年アップデートの目玉的新要素は、新クラス従獣士の実装だけではなかった。
もうひとつの新要素、その名はすなわち────。
「────ユニークラフト」
これまでのアイテム生産システムの常識を大きく覆すそのシステムは、生産職業界に激震を与えた。
従来の生産システムにはゲーム側から与えられたレシピがあり、それに沿って素材を加工し目標のアイテムを生産する。
言うなれば決まった素材アイテムからは一律の生産アイテムしか生まれず、ユーザーの個性を出すならば、生産アイテムに付与されるADPや生産後に簡単なデザイン加工を施すことしかできなかった。
が、新生産システム・ユニークラフトは、好きな素材を自由に選びそれらが元より持つ性質が組み合わされて生産アイテムに引き継がれる。
実装に際してのキャッチコピーは「あなただけのアイテムを作ろう!」であったが、まさにコピー通り、レシピが流出しない限りは自分にしか作れないオリジナルアイテムを作ることができるという画期的なシステムであった。
「世に轟く『クラフターズメイト』のメンバーなら、とっくに使いこなしているものと思っていたけどな」
「俺以外のメンバーは夢中になってレシピ開発をしてますよ」
「というと、君は?」
「見ての通りです。従獣士の方に夢中になっちゃいまして、まだユニークラフトの方には手が出せていないんですよ。あっ、でも鍛冶士向けのオリジナルレシピは買い漁ってますよ」
そう、ユニークラフトの実装により、誰もがオリジナルレシピを独占するわけではなかった。
生産職にとって行きつく先は金稼ぎ。
とあらば、優秀なユニークアイテムを生産できるレシピが開発されれば、そのレシピそのものが高額で取引されるようになる。
それもあって、『クラフターズメイト』の他のメンバーはオリジナルレシピの開発に躍起になっているのである。
「例の爆弾もユニークアイテムだ」
「攻撃アイテムってことは……錬金術士ですか?」
「いいや、アレはな……実のところ武器アイテムなんだ」
「はい? で、でも、一度使ったきり消えてなくなってましたよね?」
「ほら、耐久度の消費速度を加速させる代わりに攻撃力が増すADPがあるだろ? それの応用でな。あの見た目で武器種はハンマーなんだよ」
「はぁ……それは奇怪な」
「ま、それがユニークラフトの面白いところだろ? ユーザーの柔軟な発想によって画期的なアイテムを生み出す。常識に囚われてちゃ、今後の技術戦争で生きていけないと思うぜ」
「なるほど、勉強になります。メインは戦闘職なのに凄いな、生産職はどれを取ってるんです?」
「えっと、鍛冶士と錬金術士と料理士と裁縫士と、あと電気技士だな」
「ひとり『クラフターズメイト』じゃないですか」
「ハハハッ! 確かに言われてみりゃその通りだな! 別に意識してたワケじゃないんだけどね!」
ファイストは余程ツボに入ったらしい、中々笑いが途切れることはなかった。
それにつられて俺も笑いが込み上げてきた。
彼女が気持ちよさそうに笑うからってのもあるが、脳内で『クラフターズメイト』のメンバーが合体した姿が想像させられたからだ。
あとは麻雀まで打てるなら完成、ってところか。
「それにしてもこのハウス、広いですよね。Mサイズをひとりで使うのってどんな感じです? ウチのクランハウスも同じサイズなんですけど、不自由を感じないもんで」
「ああ、ひとりじゃないんだよ」
「えっ、ああ! 失礼しました、じゃあ別の……フレンドと一緒に使ってるとかですかね」
「まあな、オレともうひとりで使ってる。つっても、もうひとりはそんなに使ってないけどな。そっちはあんまインしないんだ」
「まあ、一般人はそうですよね。俺たちみたいなゲーマーじゃなきゃ、同じゲームをほぼ毎日プレイしたりしないですし」
「おいおい、オレがゲーマーだって疑いもなく言いやがって」
「すみません! 何て言うんでしょうか、ファイストさんからは俺や知り合い達と同じ匂いがするというか……ゲーマー特有の接しやすさみたいなの、ありません?」
「んー、分からなくもないな。実際かなりのゲーマーだし」
「やっぱり合ってるじゃないですか」
何故だろう、ファイストとは初対面のはずなのにそう感じさせない接しやすさがある。
おそらくは彼女の女々しさの無いラフな雰囲気とか、快活な性格と口調がそうさせるのだろう。
思い返せば、同じクランの仲間でも無ければクラン間で付き合いのある同業他社的ユーザーでもない生産職の友人が出来たのは初めてだ。
きっと彼女とはこれから長い付き合いになる、そんな予感がする。
「ファイストさん、良ければフレンドになりませんか? 特にユニークラフトについての情報交換とかもしたいですし」
「もちろん良いぜ。……ただし、条件がある」
「条件ですか?」
「条件はふたつだ。ひとつ、さん付けを止めること。なんか堅っ苦しいからさ、そういうのむず痒いんだよ!」
「分かりました。じゃあ、ファイストで。俺のことも呼び捨てで結構ですよ」
「おう、よろしくなくまさん!」
「もうひとつの条件ってのは?」
「ああ────」
ファイストは少しだけ間を空けてから、少々ぎこちない笑顔で続けた。
「────同居人については、詮索しないでくれ」
あまりインしないというもうひとりの同居人、その人について詮索するなと彼女は言った。
……まあ、するなと言われれば詮索なんてしないが、そう言われると逆に気になってしまうな。
いや我慢だ我慢、誰しも知られたくない事情の一つや二つはあるものだ。
俺にだってそういうのはある。
『Spring*Bear』時代に作ったどんぐりへの借金総額だとか、最近着々と増えてきているアリアへの借金総額だとか……。
その後もファイストとは、ユニークラフトについて教えてもらったり、従獣士の攻略についてを語り合った。
いつか『クラフターズメイト』のメンバーに紹介する機会を作りたいものだ。
従獣士やユニークラフトの先駆者としては俺たちにとって恩恵があるし、各生産職のプロフェッショナルとしてはウチのクランメンバーからファイストに対しても恩恵を与えられるからな。
今後の『ザナトゥエ』ライフに期待を膨らませつつ、俺はクランハウスに帰ってから今日のプレイを中断したのであった。




