82話 討伐!巨大スライム
「うぉおおおおおお! あっぶねェー!」
俺は巨大ブルースライムの粘液吐き出し攻撃を横っ飛びで回避する。
今の俺では、奴のどんな攻撃でも一撃でダウンしてしまうだろう。
タイミングの悪いことに、俺は手持ちに全財産の5割を所持してしまっている。
かぼすと合流する前に買い物をしていたからその名残りだ。
額にしておよそ50万ゼル。
もしマップ上で死んでしまうと、所持金の半分と所持アイテムの一部をランダムで失ってしまう。
アイテムの方は良い、一通り自分用の倉庫に預けてきたからに。
しかし金を失うのはキツい。
全財産の4分の1を失うのは本当に痛い。
故に、何とかして生きたままこのレイドから逃走しなければならない。
「それにしたって! なんで他のユーザーはこいつを倒さないんだッ!?」
このレイドが発生してから、もう20分ほどは経ったか。
それなりの人数が集まっているはずなのに、何故未だに巨大ブルースライムが討伐されていないのだろうか。
レベル30という数値は、このホルンフローレン近隣草原に現れるには強すぎるレベルだが、ゲーム全体で見た時にそうも高難度な敵ではない。
クソぅ、俺が『Spring*Bear』としてここに居たら戦いながら考察ができたものを……!
「あっ! 居たッスよ!」
遠くから聞こえたその声は!
ようやく来てくれたかお前ら!
「コイツだコイツ! このデカいスライムがレイドボスだ!」
「ウム! オレ達に任せい!」
「なんか俺悲しいッスよ……ベアー先輩がレベル30如きに逃げ回るしかないなんて…………」
「仕方ありませんこと? ベアー様、それはそれで可愛いですわよ!!!」
「あの……ヒーラーのどんぐりさんだけ前に出てますけど」
俺の切り札────『The Knights古参の会』のトップパーティーの助太刀が到着。
小言を零し、すぐさま戦闘配置に着いた彼ら。
「すげえ! 最前線攻略組が来たぞ!」
「これなら倒せるかも!」
と、先に戦闘を行っていた他のユーザーたちが銘々に言葉を発する。
「これなら倒せるかも」……?
どういう意味だ?
巨大ブルースライムは精々レベル30、そう強い相手ではない。
何故、最前線攻略組が到着しないと倒せないことになってるんだ?
「いつも通り行くぞォ! グラ助とヤマ子が前衛、シズホは後衛から火力を出せィ!」
「「「了解!」」」
グラ助の神速の斬撃が、ヤマ子の一撃必殺の衝撃が、そしてシズホの急所を狙う精密射撃が巨大ブルースライムを襲う。
この無敵の波状攻撃には、例えどんなエンドコンテンツ級のボスモンスターでも為す術なく討伐される────。
「ど、どうなってんスか!?」
────はずだった。
「ぶにぃ~……♪」
「おい見ろ! グランドサムライの連続攻撃をものともしてないぞ!?」
「ヤマダヤマ様の巨大斧ですらHPが削れていません!」
「まあ、シズホは始めて1年だしなw 特殊ギミックに慣れてないんだろw」
そう、最前線攻略組のプレイヤースキルを以てしても、ゲーム内最強レベルの装備を以てしても、巨大スライムのHPバーに傷を付けることすらままなっていなかった。
「おいどうなってんだどんぐり!? お前らに倒せなかったら誰が倒せるってんだ!?」
「グヌゥ……焦らせるなスプベアァ! ……ダメージを回復に変換するタイプのギミックかもしれん! グラ助とヤマ子は耐久にシフト、シズホはデバフとヒール弾を回してくれィ!」
「「「了解!」」」
どんぐり亭の号令により、3人の動きが変わる。
グラ助はダメージを取る為の攻撃ではなくヘイトを取る為の攻撃に抑え、ヤマ子もまたグラ助だけにヘイトが集まらないように【タウント】などのスキルによってヘイトのバランスを保っている。
後衛のシズホは一旦射撃を控え、どんぐり亭の動きを待っていた。
「ギミック対応は攻略組の常道よォ! ────【反理祈呪】ッ!」
至高なる聖職者の周囲に、聖なる光と禍なる闇のオーラが纏われる。
条理を覆す、エンドプリーストの奥義にして理外の術。
深淵の黒は甘い蜜を零し与え、清廉なる白が裁きの誅撃となる。
すなわち、回復効果とダメージの反転。
これより一定時間の間、一定範囲内に存在するユーザーやモンスターはスキルやADPによる回復効果は同値のダメージとなり、受けた攻撃のダメージをそのまま回復へと変換される。
「なるほどな。攻撃が通らないのは何らかの特殊ギミックが原因と踏んだか。さすが俺の相棒、伊達に数多のギミックを乗り越えて(その度に俺とグラ助に無限時間耐久させて)きてないぜ!」
どんぐりの周囲にあった黒白のオーラが円状に広がった。
これにて、巨大ブルースライムへ与えられる回復効果とダメージは反転する。
多大なる回復が一撃呪殺の火力となるのなら────どんぐり亭は大陸一の殺戮者となり得よう。
「然らば喰らえィ……これなるは聖にして邪悪、救済を騙る鏖殺よォ!」
「ヨッ! 本当は今でも中二病抜け出せてないどんぐり亭っ!」
「う、うるさいわスプベアァ! ああもう、いけィ【聖者の施し】ッ!」
エンドプリーストにとって、基礎にして最奥とも呼べるゲーム内最高峰の回復スキル【聖者の施し】。
対象の現在のHPの半分の値を回復させるスキルである。
これが【反理祈呪】によってダメージへと変換されると、対象の現在のHPを半分にするという効果になる。
これを繰り返し撃てば、やがて敵のHPは1となる。
最低値である1の状態では反転した【聖者の施し】は無効となる為、トドメは魔銃士であるシズホの回復効果を与える射撃スキルで撃ち抜き無事討伐。
……まあ、大体のボスモンスターには【反理祈呪】は無効だから常用可能な戦術ではないんだけどな。
しかし、何らかのダメージ無効ギミックが付与されている特殊なモンスターであればこういった固定ダメージコンボは通りやすいというのが、このゲームのセオリーである。
ヘッ、ザマあないぜ巨大ブルースライム!
レベル30にもなってこんな場所で初心者狩りしようだなんて考えてるからだぜ~!
「どんぐりパイセンーっ!? まだッスか!?」
前衛でずっと回避をし続けているグラ助の声だった。
「ムゥ? さっきからやっておるのだがァ……【聖者の施し】ィ!」
「急いでくださる!? そろそろMPが枯れそうなのですが! まだ時間が掛かりそうなのであれば、一度わたくしとグラ助のMP回復を!」
「だ、だからさっきからもう何度もHP半減コンボを……」
「待てどんぐり、おかしいぞ! HPが減ってない!」
「ンなっ! コイツ、そもそも【反理祈呪】が効いておらなんだァ!?」
そう、俺もどんぐりも、まさかある訳が無いとその可能性に思い至っていなかった。
ダメージ関係の特殊ギミック持ちには固定ダメージコンボが有効、というセオリーを、ベテランユーザーが故に信じ切ってしまっていたのだ。
「どうするッスか!? 一旦退いて作戦練り直しても良いと思うッスけど!」
「ダメですわ! それではまたベアー様にヘイトが戻るだけです!」
「つーか何で俺にヘイトが向いてんだよチクショウ!」
「では戦いながらギミックを探りますか!? どうしますかどんぐりさん!」
「ウゥム……こうなっては仕方あるまいィ! グラ助ェ!」
「ウッス!」
「無限耐久スタートォ!」
「やっぱそうなるんスか~~~~~ッ!?」
出た出た、どんぐりの十八番。
こうなってしまうと、下手すれば1時間は当たれば即死の攻撃を回避し続けなければならないなんてのもざらである。
うーん、俺が居た頃はもう少しグラ助の負担も少なかったのにな、可哀そうに。
「ああでもないこうでもない、過去にあったギミックで近そうなのはァ……」
「どんぐりパイセン!? 一旦! 一旦MPだけ回復してもらえないッスかねェー!?」
「状態異常が効きまくるパターンかァ、それともォ……」
「頑張ってくださいましグラ助~」
「常々思ってたんスけど! 何でベアー先輩居なくなってからヤマ子がその役引き継ぐんじゃなくて俺ひとりになっちまったんスかねェ!?」
「あっ、デイリークエストの討伐対象だ。すみません、私ちょっとここ離れますね」
「ちょっとシズホちゃん!? 戦わなくても良いからせめて見守っててくれませんかねー!?」
────その時、風が吹いた。
「あァらよっと!」
草原を走り抜ける一頭の白狼と、それに跨る野性味溢れる獣人の女性がひとり。
「あーあーまったく、新コンテンツに見事に翻弄されちゃってまあ!」
その女性は見たことの無いアイテムを右手に実体化させ、それを巨大ブルースライムに投げつけた。
そのアイテムが青い巨躯にぶつかると、黄緑色の爆風が巻き起こる。
爆風が晴れると、見るも無残に溶け落ちた巨大ブルースライムだったモノが地面に散らばっていた。
「どうなってるんだ……?」
「最前線攻略組でも倒せなかった奴を……」
「アイテムひとつで……!?」
いつの間にかレイド参加者から野次馬になっていたユーザー達が口々に女性への称賛を零した。
「き、君っ! 今のアイテムは何なんですッ!?」
「っ!」
俺は思わず興奮に任せて女性の肩を掴み、今のアイテムについて訊ねてしまった。
すると彼女は一瞬だけ言葉に詰まり……。
「……あ、ああ。君、生産職だね。なら例の新要素は知ってるだろ?」
「なるほど! しかしどういう効果であの特殊ギミックを攻略したのか……良ければいろいろ教えてもらえませんか!」
「ふふっ、君は相当に熱心なんだな。だけど今はダメだ」
「どうしてです!?」
「そら見てみろよ」
と、女性が指差す方を見ると、そこには無数のブルースライムの群れが居た。
「どうやら巨大ブルースライムが分裂したらしい。ああなればただのスライム、皆で協力して掃除しようぜ」
「なるほど、分かりました!」
見ればブルースライムは皆レベル1~5程度、このエリアの適正レベルだ。
あれなら俺の育ってない剣士でも十分に討伐できる敵だ。
「終わったら絶対、教えてくださいねッ!」
俺は彼女に向かって叫び、持ち慣れない剣を掲げてブルースライムの群れに向かって行った。




