81話 襲来!巨大スライム
『緊急レイド発生のお知らせ。
ホルンフローレン近隣草原エリアにボスモンスターが出現しました。
半径30メートルに入ると自動参加となります。』
突如、公式から全ユーザーへ通達されたアナウンス。
俺とかぼすが従獣士初心者講座を開いていたその時に、奴は現れた。
「ぶぅにゃァ……」
巨大なブルースライム、レベルは……30だと!?
こんな初心者向けマップに現れちゃならないレベルだろ!
ちなみにレベル30と言えば、救世クエスト第1部終盤くらいのレベル帯である。
今や救世クエストの第1部を終わらせていないユーザーなんて、よほどの初心者か生産職専門のユーザーくらいだろう。
それがまさに、俺とかぼすそのものなんだけど……。
「こんなレイド前は無かったし、アップデート情報にも記載されてなかったぞ!?」
「どどどっ、どーするんですかぁーっ!」
どうするか?
今の俺は鍛冶士メインのくまさん、連れは初心者従獣士で唯一の相棒は戦闘ができないという絶望的な戦闘力のかぼす、俺たちでどうこうできる状況ではない。
ゲッコウが戦ってくれるならまだありようはあるかもしれないが……。
期待はすまい、まだ彼は俺の命令をすべて聞いてくれるワケではないのだから。
と、なれば。
「偉い人は言いました」
「何か名案がっ!?」
「三十六計逃げるに如かず」
「わっかりましたーっ!」
巨大ブルースライムに背を向けて、一目散に逃げだす俺とかぼす。
こういうマップ上で起こる緊急レイドは、指定の範囲から脱出すればレイド攻略対象ユーザーから外れることができる。
戦闘に慣れていないユーザーは、不意に参加してしまったレイドには挑まず冷静に戦場から逃れるのが最適解なのだ。
「おかしい……結構走ったのに敵対状態が解除されてない……?」
「はっ、はっ……あと、どんくらい走れば良いんですかーっ!?」
「分かりませんっ! とりあえず範囲から出られるまで走り続けましょう!」
「はっ、はいぃー!」
「ぶにぃー!」
うむ、良い返事だ。
ただのゲームとはいえ、動き続けると疲れのようなものは感じる仕組みになっている。
我ら生産職専門ユーザー、生き延びるためのガッツは必要不可欠だ。
「そ、それにしてもぉ……なんかぁ、他のユーザーがウチらを追いかけてきてませんかぁー!?」
「確かに、妙ですね……」
「ぶにぶに」
「新たに実装されたであろう緊急レイドが近くで起きているのに、どうしてそっちに行かず俺たちを追いかけてくるんだ……?」
命の危機が目と鼻の先からせいぜい手の届く距離くらいには遠ざかったおかげで、少し冷静さを取り戻せてきた。
そこでようやく、周囲のユーザーたちの声が明瞭に聞き取れるようになった。
「おい走るのやめろ!」
「ボスがそっち行ってんだよ!」
「ヘイトだけ取って逃げないでよ!」
…………なんですって?
「ストップ、かぼす。もしかしてなんですけど」
「は、はい?」
そこでようやく、俺は背後の巨大な気配に気が付いた。
「ぶぅにゃァ……?」
……そりゃどれだけ走ってもレイドのエリアから逃れられないワケだ。
大の男3人分の巨大なぷにぷに野郎はずっと、俺たちを追いかけてきていたのだ。
「えっと、なんで……?」
「ぶゥ……にゃァ…………ッ!」
うわー、なんかブチ切れていらっしゃるぞこの巨大スライム。
何でだよ、攻撃行動をしていない俺たちが、どうしてずっとヘイトを取り続けてんだよ……。
ああもう、逃がしてはくれないってコトなんだな!
やってやんよコンチクショウめッ!
「かぼすさん、俺から離れないでくださいね!」
「わわっ、わかりましたぁーっ!」
「頼むゲッコウ、今だけは言うことを聞いてくれッ!」
俺は心からの祈りを捧げながら、ゲッコウを【召喚】し直した。
光の粒子に包まれながら、スライムにも負けず劣らずの巨躯を持つ漆黒の獣が現れた。
「グォオオオオオオオオッ!!!」
良い咆哮だ、やる気十分ってかッ!?
「お願いします戦ってくださァ────いッ!!!」
俺は近くにあった石ころを拾い上げ、全力のオーバースローで巨大スライムに投げつけた。
────ぽよんっ。
────ぽかっ。
「ガゥ……?」
「あっ」
俺が投げた石ころは巨大スライムの身体に跳ね返り、よりにもよってゲッコウの顔にぶつかってしまった。
「ガァウ……ガウガウ」
「ぶにゃ、ぶにゃ」
「ガウガーウ、ガウォウ」
「ぶにゃっ!」
何やらゲッコウと巨大スライムが相談(?)をし、それから2匹揃って俺の方に向き直った。
なんか嫌な予感。
「ぶにゃぁああああああああああああああっ!!!」
「ガウォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
巨大ブルースライムの全身体当たり、ゲッコウの鋭い爪の引っ掻き攻撃が────俺に襲い掛かってきた。
「うおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
「くまさん先ぱぁああああああああいっ!?」
「あっぶねえだろゲッコウどっち狙ってんだテメェ!」
「ガウォウガウ」
と、たんこぶが出来たおでこを指差すゲッコウ。
「それは事故だろうがァ!」
「ガーウ」
「ぶにゃ」
何でだよ、どうしてテイム親よりも野生のレイドボスと結託して反乱を起こしてんだよ……。
「えーっと、かぼすさん」
「はい、なんでしょうか……?」
「このように、テイムしたモンスターが言うことを聞いてくれない場合があります。理由は何だと思いますか?」
「初心者講座しちょる場合ですかーっ!?」
「テイム親よりもモンスターのレベルが高くなってしまうと、このように言うことを聞いてくれなくなるんです。お気に入りの相棒だからって、“魔石”の与えすぎには注意しましょうね」
「気を付けますけどっ! ますけどもっ!」
「では、かぼすさんは急いで王都まで逃げてください」
「くまさん先輩はどーするんですかっ!?」
「いや、普通に詰みですね」
「えぇ……まあ、じゃ、じゃあ、ウチは、行きますけど……良いんかなぁ……」
「どうぞどうぞ」
と、渋々といった様子のかぼすの背を押し、無理やりレイド範囲外へと逃がした。
さて、と……。
「後輩は居なくなった。これで、思いっきりやれるワケだ……」
「ガウッ!?」
「ぶ、ぶにぃ……っ!?」
「おいおい、俺がただの戦闘ダメダメの生産職専門ユーザーだと思ってんじゃねえだろうな……? 舐めてもらっちゃ困るぜ。これでも俺は『ザナトゥエ』歴11年のベテランだ、ピンチの切り抜け方ってのを知ってんだよ」
俺のこの人語が、果たして巨大ブルースライムとゲッコウに通じているのかは分からない。
が、少し動揺が見える。
隙を作っちまったようだな、お二人さん。
「────これが俺の、切り札だぜ」
俺はメニューを開き、ユーザー歴11年によって身につけた早業で、とある操作を行った。
────ピコン!
…………同時刻、某所。
「ヌゥ? スプベアからメッセージが着たぞォ?」
「マジっすか! どんな用事ッスか!?」
「わたくしも気になりますわ!」
「何やら新しいクラスを始めたって聞きましたけど……」
『すんません、たすけてください』(位置情報を添えて……)
「「「「…………」」」」
微妙な表情を浮かべながら、彼らはクランハウスを出たのであった……。




