第7話 クラフトフェスタⅠ - 教導
「ぬわぁああああああ! もうヤダ止めたい麻雀打ちたいぃいいいいいい!!!」
「これが終わったら思う存分少女漫画ラノベアニメギャルゲー……耐えなきゃ…………耐えなきゃ…………耐えなきゃぁ…………」
「もう脱いでいいわよね~、脱がなきゃやってられないわよね~~~脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい脱ぎたい…………」
「あははははははははははははは料理たのしいなぁ……お嫁さんは手料理が命だもんねぇ…………あはははははははははははははははははははははは、はぁ……鍋爆発してくれないかな」
「うんうん、みんな順調みたいだねっ! その調子で朝までノンストップで生産だぁーっ!」
我ら『クラフターズメイト』のクランハウスは、阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
なぜ苦しみながらも生産を続けるのか、なぜ人はそれでもゲームを続けるのか。
その真相は既に、半日前に解明されていた。
俺のクラスレベリングから明けて翌日、幸いにしてリアルでは土曜日、休日である。
ムラマサから「もし予定が無ければ朝からおいで!」とのメッセージが届いており、俺は何も分からぬままクランハウスを訪れた。
「…………何か、嫌な予感がするな」
クランハウス玄関のロックを解錠し、ドアを開こうとして……とどまった。
これまで二度を思い返すと、尽くシャワー上がりの全裸女性に遭遇している。
ミロルーティにムラマサという、男の夢がそのまま人の形を持ったような二人の裸を見てしまっているからして、同じ轍を踏むわけにはいくまいて。
俺とて男だ、本人達の前でその劣情を爆発させるような真似は絶対にしないが、ログアウト後の就寝直前に性欲と罪悪感の板挟みに苦しむこと請け合い、それだけは避けたい。
『クランハウスの前に着いたんですけど、ミロロさん着てます?』
ムラマサにメッセージを送ってみた。
事前確認を済ませ、安全が確認できてからハウスに入ろうという魂胆である。
『もうみんな揃ってるよんっ!』
『到着してるかの確認ではなくて服を着てるかの確認です』
『着てるってそっちかー! ご心配なく、ミロロはちゃんと服を着てるよんっ!』
良かった、本当に、心から……。
では遠慮なく。
「お邪魔しま────────あぁ」
「なっ、ななっ、ななななっ……」
玄関を潜ると、そこには全裸の赤髪ツインテールが立っていた。
「何見てんのよぉおおおおおおおおおおおお!!!」
「そうだよなぁ、「ミロロは」って言ってたもんなぁ」
「なに普通に目も逸らさずに独り言ちてんのよっ!」
「何だかなぁ、ミロロさんやムラマサ先輩と比べるとなぁ」
「アレと比べてんじゃないわよっ! りりリアルじゃっ、リアルじゃもっとスタイル良いんだからねっ!?」
その言い訳、見苦しくないか?
「おっ、いらっしゃいくまさんクンっ! ありゃ、アリアも間が悪い……いやむしろ良かったのかな? 何せ念願のラッキースケベだもんねっ!」
「全然嬉しくないんだからねっ!?」
「ムラマサ先輩、誰かシャワー浴びてるなら言ってくださいよ」
「いやさぁ……これから始まる地獄の事前報酬として、おっぱいの一つや二つは見せてあげるべきかなって」
「勝手に他人の裸を報酬にしないでくれるっ!?」
「アリアさんは早く服を着た方が良いですよ」
「せめてもう少し照れるか申し訳なく思うか……それも無理ならちょっとくらい喜びなさいよねっ!?」
どういう感情で言ってるんだお前。
「ムラマサ先輩、地獄ってのは一体なんなんです?」
「ああ、それね。説明するよ、上がってくれたまえ」
リビングに入ると、既にクランメンバー全員が到着していた。
皆同様に重苦しい表情を浮かべており、言葉数が少なかった。
「さあ、いよいよ明日、年に一度のクラフトフェスタの日を迎えるわけだが……」
クラフトフェスタ、聞いたことが無い言葉だが……ゲーム内イベントか何かか?
アップデートの度に公式からのお知らせには極力目を通してきた俺だが、そんなイベントは目にも耳にもしたことが無いのだが……。
「みんなは知っての通りだと思うけど、くまさんクンの為に改めて説明しようかっ! クラフトフェスタとは、文字通り生産職のお祭りだね。ホルンフローレンの至るところで生産職が出店を行うんだ」
ふむ、言われてみれば確かに、年一くらいのペースでやけにユーザーショップを多く見る日があったような……。
それがこのクラフトフェスタだったのか。
でもこれ、別に公式が勧めてるような文言もパッチノートで見たこと無いし……。
「クラフトフェスタはね、ユーザーから自然発生的に始まった非公式イベントなんだ。サービス開始当初、やはり花形は戦闘職だった。もちろん今もね。ほら、初心者でも『Spring*Bear』や『The Knights古参の会』の名前くらいは聞いたことがあるんじゃないかな?」
「ッ! え、えぇ……もちろん、知ってますよ…………ハハッ」
「ああいう最前線で戦ってる戦闘職や攻略クランは有名になりやすいし、それに憧れる新規ユーザーだって並みに居る。だけど『Lionel.inc』や『The Artist』の名前は知らないと思うんだ」
「知らないです。ユーザーの名前ですか?」
「『Lionel.inc』はとある生産職専門ユーザーの名前で、『The Artist』はその『Lionel.inc』がクラマスを務める生産職限定クランの名前だね。数年生産職を続けていれば絶対に耳に入ってくるようなビッグネームだよ」
なるほど、生産界隈にもそういうのはあるんだな。
言わば『Lionel.inc』が生産職版の『Spring*Bear』で、『The Artist』が生産職版の『The Knights古参の会』みたいなものか。
「ちなみにウチのクランも名が知れてたりするんですか?」
「まさかっ! クラン自体は無名も無名さ。それはそれで穏やかに過ごせるから良いんだけどね」
「……うふふっ、そうね~。穏やかに過ごせた方が気楽だものね~」
何故ここでミロルーティが口を挟んできたのか、何か二人だけの事情がありそうな気がしてならないが……うん、気のせいかもな。
「あれ、どこまで話したっけ?」
「明日クラフトフェスタがあるってとこまで聞きましたよ」
「そうだそうだそうだった! ……さて、クラフトフェスタは生産職にとっては年に一度の大勝負の場だ。その日は普段のマーケットの相場なんて関係なしに売買が行われるから、その日を金策の本番だと捉える者も居れば、逆に今後の金策に向けた準備段階と捉える者も居るんだよね」
「おっ、遂に金策ですか!」
「まあ、それはオマケみたいなものだけど」
「だったら何がメインなんです?」
「くまさんクンや、生産職の夢と言えば何だと思うかね?」
「夢……やっぱりお金を稼ぐことでは?」
「まったく、アンタはホントに俗物ね。童貞?」
「どどど童貞ちゃうわッ!」
断じて言うが、本当に童貞ではない。
信じてほしい。
「あっ、分かりましたよ! 専属生産者じゃないですか?」
そういえばそんな事を、ヤマダヤマが最後の夜に口にていた気がする。
言葉通り、有名な戦闘職ユーザーに対し、求めるアイテムを全て自分で作り提供する……みたいな感じだろうか。
確かにそれなら名誉と言えるだろう。
ちなみに『Spring*Bear』には専属生産者なんて居なかった。
別にそんな相手を見つけなくとも、有り余る金で以てマーケットからテキトーに購入すれば良かったからだ。
「惜しいね、近からず遠からずと言ったところかな。ちょっと待っててね……」
ムラマサはキッチンに向かい、炊飯器を1台抱えて戻ってきた。
「ほらこのロゴ、見えるかな?」
「ロゴ? 『Neck-rune』……あっ、もしかしてネクロン?」
「そうそう、家電類はネクロンが作ってくれたって話しただろう? だからウチの家電には全てこのロゴが刻まれているんだ」
「なるほど。…………もしかしてブランドですか!?」
「そのとーりっ! 生産アイテムに自分でデザインしたロゴを刻印できるんだ。だからマーケットに出品するアイテムにロゴを刻んでおいて、実質的にブランド化するワケだね。それで他のユーザーの口伝いで「あのブランドのアイテムは品質が良い!」だとか「あのブランドのオリジナルスキン衣装はカワイイ!」みたいに拡散されれば、ますます自ブランドのアイテムが求められていくのさ」
「凄いな、もはや独立した経済圏が出来上がってるじゃないですか」
「リアルマネーでゲーム内アイテムの取引を持ち掛けてくる脱法者が現れるくらいだからね。もちろんそういう輩は即報告が定石だけど」
「ちなみにアタシ達、みんなブランドを持ってるのよ。アタシはオリジナルスキン衣装で……」
「鍛冶士のボクはもちろん戦闘職向けの装備だよ」
「わたしも消費アイテムや戦闘職向けのアクセサリーのブランドを作ってるんですよ~」
「一応私もそのっ、料理関係のブランドをぉ……」
「ああ、自信無さげに言ってるけど、実はパリナのブランドが一番規模が大きいからねっ!」
「はずかしいので言わないでください~~~っ!」
キャラに反して商才あり、と。
分からないもんだな……。
「話を戻そうか。もちろんブランドを持っているのはボクらだけじゃない。生産職を専門としてるユーザーの多くがブランドを持っている。そんなユーザーにとって、明日のクラフトフェスタはチャンスなんだ」
「何せあらゆるユーザーの購買欲がべらぼうに上がる日だもの。余分な物まで買っちゃうのが人間の性よね」
「なるほど……だから前日から準備をするんですね。でも地獄ってのはどういう意味です? 年に一度のお祭りなんだから、むしろ天国じゃないですか」
「…………皆、聞いたかい?」
「ええ、バッチリとね」
「うふふっ、うふふふふ~~~~~」
「ツモってもツモっても手が進まない、そんな感じだから……」
「何度引退を決意したことかぁ……ひぐっ…………」
そ、そんなにヤバいのか……?
例えるなら文化祭前日の準備みたいなものだよな?
地獄どころか、むしろそこが一番楽しい時間なくらいだろうに……。
「まっ、これに限っては実際に経験しないと理解できないと思うしっ! まずはミーティングから始めようじゃないかっ!」
かくして、何も分からぬままクラフトフェスタに向けたクラン内ミーティングが始まった。
クラフトフェスタ、ブランド、かぁ……。
戦闘職としては頂点にまで登りつめた俺だが、まだまだ知らないことはたくさんありそうだ。
それほどまでに遊び甲斐のある『The Knights Ⅻ Online』というゲームに対し、これまで以上に評価が上がったのだった。