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47話 獅子熊共同戦線 Ⅰ - 申し入れ

「すまなかったね、キミはお金を稼ぎたいはずなのに、勝手に断ってしまって」



 ムラマサの謝りながら痛々しく作り笑いを浮かべるその姿が、俺という男を強く突き動かした。


 後日、俺はとある生産職ユーザーを訪ねた。


 ムラマサはもちろん、『クラフターズメイト』クランメンバーの誰も誘うことはなく、俺ひとりで。


 ホルンフローレン居住区、中でも一等高い──物理的にも、経済的にも──アパルトメントタイプの高層マンション。


 最上階層全10部屋まるごと壁をぶち抜きワンフロアと化した、成功者の居所。


 エントランスで、俺はインターホンに『3001』と入力した。



『…………何用だ』



 インターホンの向こう側から、無愛想だが心のある声が返ってきた。


 そう、俺が訪ねたのは『Lionel.inc』のハウスである。



「────ビジネスです」


『まず名を名乗れ』



 先に用件を聞いてきたのはそっちだろうが……。


 インターホンのカメラで『くまさん()』だって分かってんじゃないのかよ……。



「くまさんです」


『…………』



 無言の後、エントランスとエレベーターホールを断絶するオートロックドアが開いた。


 エレベーターホールにもエントランスと同じようなテンキー式のインターホンがある。


 おそらくだが、現実と違ってエレベーターで上に昇るという過程が取り払われているのだろう。


 エレベータードアに、ゲーム内で幾度となく目にするワープポイントの印があった。


 つまり、ここから各部屋へ直接ワープさせてくれるのだ。


 だったら何の為のエレベーターなんだよ、とはツッコミたくなるが、これがリアリティーってモンである。


 テンキーでもう一度、『3001』と入力。


 『認証中』の表示が出たかと思うと、間髪入れずに『承認済み』に切り替わった。



「……おっ」



 気付けば景色が変わっていた。


 正面には大理石の廊下が広がっており、俺の周囲にはこれまた大理石の床、シューズボックス、よく分からないインテリア。


 ああ、玄関か。



「お邪魔します、くまさんですー!」



 廊下の奥に向かい、声が届くように叫んだ。


 すると、廊下の奥から少し小柄な人影が近付いてきた。


 それは、人間(ヒュマニ)とも獣人(ビストレア)とも妖精(エルフィア)とも違う、人工的な人型だった。



「ようこそいらっしゃいました。奥でマスターがお待ちです、ご案内いたします」



 言うとそいつはくるりと背を向けて、俺が着いてくるようにと促した。


 背を見て分かった、コイツは“機械人形”だ。


 ドデカい手巻きネジが背中から突き出ているではないか。


 それを見てピンと来た、これは『Lionel.inc』が作ったんだな、と。


 だってその手巻きネジの造形、『The Knights Ⅸ』のメイドアンドロイド『ルナリカ』の物にそっくりなのだ。


 そのキャラはシリーズ通してもかなり人気の高いキャラで、かく言う俺も『Ⅸ』プレイ当時はゲーム序盤からラスボス戦までずっとパーティーに入れていたほどだった。


 主人公を除けば唯一の機械装備持ち、味方バフ、回復スキル持ちという性能が使いやすかったんだよな。


 俺はニヤケを抑えながら、“機械人形”に着いて行った。



「ハウスの場所を教えた記憶は無いんだがな」



“機械人形”の案内で部屋に入ると、『Lionel.inc』はシックな印象の内装の個室でデスクに向かいながら、背中越しに話しかけてきた。



「情報屋から買いました」


「……要らん事を」



『Lionel.inc』は椅子を回転させて俺の方へ向き直る。



「お前だけか」


「はい。すみません、ムラマサ先輩もミロロさんも居なくて」


「いや。来るとしたらパリナだと思っていた」



 さすがパリナ、公式とコラボしただけのことはあるな。


 あの『Lionel.inc』から目を付けられているとは。



「ビジネスと言ったな。俺は“本物”としか仕事はせん」


「じゃあ、話すらも聞く気は無いと?」


「早計だな。もしそうなら部屋に上げる訳が無いだろう」


「ありがとうございます!」


「勘違いするな。話の内容次第では即座に追い出し出禁にするまでだ」



 鋭い眼光が突き刺さる。


 まるで獲物を前にした肉食獣のようだ。



「Lionel.incさん、『Night†Bear』を知ってますか」


「『Spring*Bear』とか嘯いている愚か者だろう。コラボの話が俺の元に来た。当然、突っ返してやったがな」


「何故です? ()()『Spring*Bear』ですよ?」


「言っただろう。俺は“本物”としか仕事はしない、と。……話を進めろ、俺は忙しい」


「単刀直入に言うと、そいつを潰したいんです」


「何故だ」


「俺が『Spring*Bear』のセカンドキャラだからです」


「…………やはりか」



 驚かない?


 疑いもしない?


 むしろ初めから知っていたかのような反応だ。


 だが好都合。


 一応、俺が『Spring*Bear』だと証明する方法は考えていたが、それにはやや時間を要した。


 生産時のADP(アディショナルパワー)付与時の乱数テーブルはフルシンクロギア本体のIDに依存しているから、『Spring*Bear』のアカウントでログインし、Lionel.incの目の前で何度か生産してやれば、確定付与のテーブルを見せつけられた。


 しかしその手間が省けたのなら話は早い。



「それで? 具体案はあるんだろうな。俺を誘うからには、失敗は許されないぞ」


「ああ、それについてですが────無いです、まったく」


「…………は?」


「いやもう正直に言います。俺が生産職を始めて以降、自ら何かを売り出そうとしたのはクラフトフェスタの時だけでして、しかも1日の売上はたったの300ゼル。徹夜で在庫作ったのに売れたのはたったの1セットだけだったんですよ。多分だけど、俺には商才が無い。いや、それは違うな。俺にはまだ、商い人としての経験値が足りてないんでしょう」


「ま、待て…………まさかお前、何のプランも無く俺を訪ね、ビジネスをしようと言いに来たのか……? 自分で言いたくはないが、現状では生産職界隈のトップユーザーだぞ……? それを相手に、お前は…………」


「『Spring*()Bear》』がどうして戦闘職のトップに立てたか分かりますか?」


「いや、そっち方面はまるで分からん。何故だ」


「フットワークが誰よりも軽かったからです」


「……どういう意味だ。分かりそうで分からん」


「最速攻略が出来たのは、その段階で勝てるかどうかなんて考えなかったから。負けることを恐れていないどころか、研究が進むと思えば気持ちよくさえあったほどです。多くの戦闘職は、『あと1レベル上げとこう』『装備更新してから挑もう』とか言って、中々新コンテンツの攻略に乗り出さないんですよ」


「そんな中でお前は即挑戦、他の戦闘職の準備が終わる頃には、お前達のトライアンドエラーは済んでいた。そういう事か」


「その通り」


「…………まあ良いか。俺も『Night†Bear』にデカい顔をされるのは気に食わなかった。例えアイツが真なる『Spring*Bear』のセカンドキャラだったとしても潰すつもりだったしな」



 …………ん?


 それってつまり、間接的に「お前を潰す」って言われてるようなものじゃないか……?


 同じ目標を目指し、結果的に競うことになるのはまだ良いとしても、直接潰しに来られたらウチみたいな零細ブランドは為す術なくペチャンコだから!



「『偽ルナリカ』、くまさんを外まで案内してやれ」


「えっ?」


『承知しました』



 唐突に「帰れ」との言外意思の主張。


 おかしいな、ついさっきまで感触良かった気がするんだけど……。



「言っただろう、俺は忙しいんだ。だから後日、まとまった時間を作ってやる。ほれ、フレンド申請を送っておいたぞさっさと承認しろ」


「はっはい!!!」



 す、すげぇ…………。


 俺のフレンド欄に『Lionel.inc』の名前がある……。



「打ち合わせの日時は俺が決める、合わせろ。現実での仕事が理由なら再アポを取ってやるが、ホルンフィア内の用事でのリスケは許さん」


「もちろんですッ!」


「それまでにお前も事業計画のひとつやふたつは用意して来い。それも出来んでは────『Spring*Bear』の豪邸は俺の物だ」


「…………ッ!」



 厳しい言葉に聞こえただろうか。


 しかし俺は、力強いエールに聞こえた。



『俺と戦えるステージまで昇ってこい』



 Lionel.incはそう言っているのだ。


 少なくとも、サイジェン島で会った時とはまったく違う。


 俺と彼とでは、未だ大きすぎる実力差があるのは間違いない。


 それでも、有象無象ではなく“いずれ競うだろう個人”という認識には変えられたようだ。


 それが確認できただけでも…………。



「っしゃ、頑張ろっ」



 自然と、ニヤケちまうじゃねえかよ。



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