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第5話 クラン

「アリアさぁ~んバスタオルとってくださぁ~~~い」


「もうっ、なんで入る時に持って行かないのよ!」


「あああアリアさんっ~! オーブンの温度設定がむずかしいです~~~っ!!!」


「調理スキル使えばいいじゃないっ!」


「ふぁっく! スジひっかけウザすぎ……ッ!」


「アンタねぇ、賭け事やるのは自分の勝手だけどもう貸さないからね?」



 ムラマサのハウスはアパルトメントタイプの一室だった。


 現実で例えるなら10帖ほどのリビングに広いシステムキッチンが繋がっており、玄関に続く廊下から4つの部屋が続いている。


 それとバスルームにトイレが1つずつ。


 もし現実世界でこんな部屋に住もうとしたら家賃は高いだろうが、ゲーム内ではそうでもない。


 むしろアパルトメントタイプのハウスは安価な部類に入る。


 ちなみにハウスはアパルトメントタイプと一戸建てタイプがあるが、アパルトメントタイプならば一週間くらい集中的に金策をすれば権利を購入できる程度の値段設定となっている。


 値段設定が親切な分、空き部屋の有無なんていう別の壁があるけど。



「あっムラマサ! 遅かったじゃない!」


「ただいま、アリア。子守ありがとう」


「子守、言い得て妙ね。いつも面倒見てるムラマサの気苦労が知れたわ……」


「もしかしてソイツが?」


「そうそう、紹介するよ。彼はくまさんクン。まさに今日鍛冶士デビューを果たした期待のルーキー! で、彼女はアリア。ボクのクランのサブマスターでね、メインクラスは縫製士だ」



 ムラマサが紹介してくれた人間(ヒュマニ)のアリア。


 赤髪のツインテールが特徴的な彼女が、少しツリ気味の両目で俺をまじまじと観察してくる。


 子守だとか世話だとか聞こえたし、ムラマサが言うにはクランのサブマスターらしいし、キツい印象とは裏腹に案外世話焼きなタイプなのかもしれないな。



「初めまして、くまさんと申します。若輩者ですがよろしくお願いします」


「ふぅん、アンタがねぇ……。アタシはアリアよ。予め言っとくけど、クランメンバーだからって好きになったりすんじゃないわよっ!」


「なるわけないだろ」


「はぁ~~~~~!?」


「くまさんクン、ちょいちょい」



 と、手招きするムラマサに従って耳を寄せる。



「アリア、ちょ~~~っと少女漫画脳なところがあってね? さっきのアレ、初対面の男には毎回言ってるんだよ。曰く、初対面の印象が互いに悪い方がドラマチックな恋に発展しやすいんだとさ」


「あっ、じゃあもしかしてさっきのリアクション、ちょっと喜んでました?」


「うん、非常に大喜びのリアクションだね」


「なるほど、それは良かったです」


「良いんだ、くまさんクンも案外変わってるね」



 だってそれは、俺が弁えていれば何も起きないって意味だしな。


 ゲーム内での恋愛なんて碌な結末を迎えない、この10年で嫌というほど思い知ったさ。



「ネクロン、ちょっと手空けられるかな? 新人を紹介したいんだけど」



 ムラマサが声を掛けたのは、リビングのソファーで寝転がって携帯ゲーム機とにらめっこしている幼い容貌の、妖精(エルフィア)の彼女。


 髪色がパープルとホワイトで左右に分かれて着色されているが、あんな髪色はキャラメイクの初期設定には無かったはずだ。


 ということは彼女、わざわざ課金コンテンツの美容院利用券を購入するほどのゲーマーってことか。


 アリアとの会話から察するに、多分プレイしているのはサブコンテンツの麻雀かな。


 ちなみに、麻雀などのサブコンテンツはああいう携帯ゲーム機で遊ぶこともできるし、実際の雀卓を入手すれば現物で遊ぶこともできる。


 もっと言えば、それ専用の施設があったりもする。


 女の子で麻雀が打てる、しかも「スジ引っ掛け」なんて言葉まで口にしていたし、ネクロンはそこそこ()()()人と見える。


 かく言う俺も、どんぐり亭たちとよく麻雀は打っていた。


 しかもゲーム内マネーを賭けることすら可能であり、白熱するのも当然の素晴らしいサブコンテンツである。


 是非彼女とは仲良くなりたいものだ。



「あー、話は聞こえてたから。くまさんでしょ。あたしネクロン、メインクラスは電気技士。よろ~」



 すごい、一瞬たりとも携帯ゲーム機から視線を外すことなく挨拶してきた。



「ごめんねくまさんクン。彼女、別に悪気があるんじゃないからさ」



 いやなに、気持ちは分かるぞ。


 麻雀は魂と魂のぶつかり合いだ。


 視線を外せば相手が切った牌がツモ切りなのか手出しなのかを見逃す可能性だってある。



「いえ、むしろ信頼の置ける()()ですよ彼女は」


「じゃ、雀士……? 新しいクラス……?」


「っ! なにきみ、麻雀、打つんだ」


「ええ、もちろん。自慢じゃないですが、ランクマッチ初シーズンではトップ500に入ってます」


「……っ! ムラマサ」


「えっ、何かなネクロン?」


「ぐっじょぶ!」


「……よく分からないけど、仲良くなれたみたいで何よりだよっ!」



 それから俺は、ソファーの後ろからネクロンの肩越しに彼女の闘牌を眺めていた。


 そんな俺とネクロンの様子を見て、やけにアリアがそわそわしていたのだが……こちらは雀士の領域だ、トーシロが割って入る隙は無いぜ……ッ!



「ふぅ、いいお湯でしたぁ~」


「おかえりミロロ」


「ムラマサ~、アナタこそおかえりなさい~」


「はじめまし────すっごくごめんなさいッ!!!」



 振り返り、挨拶をしようとした俺の目に飛び込んできたものは、妖精(エルフィア)大人女性のあられもないダイナマイトボディー(全裸)であった。


 おいそこの少女漫画脳、ブツブツと「ラッキースケベずるいラッキースケベずるい」とか呪詛のように呟くんじゃない。


 嬉しくないと言えば嘘になるが、それ以上の気まずさと罪悪感があるんだぞ。



「せ、せめてバスタオルくらい巻いては如何でしょうかッ!?」


「うふふっ、だってうっとうしいもの~」


「ごめんねくまさんクン。ほらミロロ、服を装備するんだ。見てよアリアのあの悔しそうな顔、恋愛したいざかりなのに唯一フラグが立ってない彼女が不憫だろう?」


「べっ、べつにそんなんじゃないんだけど~~~っ!?」


「仕方ないわね~……はい、装備っと~。もうこっち見ても大丈夫ですよ~」



 改めてミロロと対面────おっと、ミロロってのは愛称だったようだ。


 彼女の頭上のネームプレートには『ミロルーティ』と表示されていた。


 さて彼女、やわらかなクリーム色のウェーブがかった長髪が艶めいており、仄かに上気した頬と開放的でボリューミーな胸元が非常にセクシーだ。


 こんな如何にも美人で男からモテそうな女性アバターとは……さてはネカマだな?



「はじめまして~、わたしはミロルーティです。みんなからはミロロって呼ばれているわ~。クラスは錬金術士、趣味は服を脱ぐことで、特技は服を脱ぐことです~~~」


「安心してくまさんクン、もし彼女の裸を見てBANされるとしたら、キミではなくミロロの方だから」


「マジで良かったです、本当に、心から」


「クランメンバーはもう一人居るんだけど……まだキッチンの方で料理中かな?」


「あの、そのキッチンなんですけど……」


「どうかしたかい? あっ、もしかして広さに驚いてる? そうなんだよ、実は改装してるんだよねっ! 3口のコンロにオーブンも完備、冷蔵庫や炊飯器などの家電はなんとネクロンのお手製なんだよっ!」


「いえ、そうではなくて、なんか煙が上がってますけど」


「えっ?」



 その時だった。




 ────ちゅどーん!




 キッチンが爆発した。


 なんで?



「ぴゃぁああああああああああああああ!!!」



 次いで、獣人(ビストレア)の女の子が一人リビングルームに吹っ飛んできた。


 ……なんで?



「あああアリアさぁ~~~ん! オーブンが、オーブンがぁああああああああ!!!」


「パリナ……だからスキルを使いなさいって言ったのに…………」


「紹介するよ、黒焦げになってる彼女はパリナ。クラスは料理士さっ! 彼女の料理スキルは超一流、ただのバフアイテムですら舌がとろけるほどの出来になるんだよっ!」



 キッチンの爆発と黒焦げのパリナを前に、あのムラマサが現実から目を背けている。


 もしかしてムラマサって意外と苦労人なのでは……?



「すまないアリア、パリナの煤汚れを落としてあげてもらえるかい?」


「はいはい。【チェルミ】っ!」


「ふわぁ……面目ないです…………」



 真っ黒だった少女の容姿が明らかになった。


 茶髪のショートヘアを内側に巻かれたヘアスタイルから、タヌキ耳がひょこっと生えている。


 背丈は小さめながら胸は大きい……ネカマか?


 ちなみに今アリアが使った魔法【チェルミ】は、状態異常などのデバフを解除する魔法だ。


 あれが使えるということは、アリアは魔術士のクラスも取得してるんだろうな。



「あっ、あのぅ、初対面からお見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ございません……っ!」


「いえ、お気になさらず。問題児を見るのは慣れてますから」


「わっ、わぁ! とっても紳士なんですね、結婚してください。今申請送りますね……っ!」


「ムラマサ先輩、もしかして一番マトモなのってああ見えてネクロンさんだったりします?」


「もうそこに気付くとは、お見事っ!」


「あれっ、承認されない……くまさんさん? 申請、送ってますよ……?」



 生産職限定のクランと聞いた時は、ゲーマーの居ない常識人の集まりだと思っていた。


 だからもっと穏やかで平和な様子を想像していたのだが……『The Knights古参の会』に負けず劣らずの変人集団だったようだ。



「さてと、これでクランメンバー全員の紹介ができたね。どうかな、折角だからみんなでレストランにでも行くかい? 手料理は…………無いみたいだしねっ!」


「あの、一応出来てはいるんですけど……」


「炭だろう?」


「いえ、こんな感じに……」



 パリナがキッチンから運んできたのは、見るだけで空腹中枢が刺激されるほどに美味しそうなシーフードグラタンだった。


 見た目良し、香り良し、何故あの爆発からこんな見た目の良い料理が生まれるのか、理解に苦しむな。



「わぁ~美味しそうですね~~~、早速いただきます~あむっ」



 我先にと記念すべき一口目をかっさらっていったのはミロルーティ。


 さて、その味や如何に……。



「んん~、魚介の風味とクリームソースのまろやかさが口に広がり、遅れてブラックペッパーの刺激が楽し────あぅっ」



 ────バタンッ!



「ミロルーティさんッ!?」



 いきなり床に倒れた。



「火傷、毒、麻痺、衰弱、その他様々な状態異常になっているみたいだねっ!」


「分析してる場合ですかムラマサ先輩ィ!?」


「ああ、いつものことだから。はい【チェルミ】」


「はっ、わたしは今なにを~?」


「ごごめっ、ごめんなさい~~~~~っ! 責任取って自分で全部平らげます~~~~~っ!!!」


「いや死ぬでしょパリナ。ムラマサ、レストラン行こ。麻雀勝てたからくまさんの分はあたしが奢るよ」


「だったら先にアタシにお金返しなさいよっ!」


「はぁ、そんなだからアリアは誰ともフラグが立たないんだよ……。ほら行こくまっち、ゆっくり話したいしさ。まずは記憶に残ってる対局とか聞かせてよ」



 かくして、俺たちはムラマサ行きつけのレストランで食事をした。


 俺の歓迎会という名目だったからか、5人全員が俺の話を聞きたがり、俺が『Spring*Bear』のセカンドキャラであることを隠すのに必死だった。


 隠す意味も特に無いのだが、どうせなら過去はリセットして生産職として成り上がってみたいのだ。


 その為に、彼女たちに出会えたことはこの上ない幸運と言えるだろう。


 鍛冶士のムラマサ、裁縫士のアリア、電気技士(兼雀士)のネクロン、錬金術士のミロルーティ、そして料理士のパリナ。


 俺はなにも、鍛冶士だけで目標の貯金額まで貯められるとは思っていない。


 今後、他の生産職にも手を出す時が来るだろう。


 その時は遠慮なく彼女たちのお世話になろう。



「くまさんクンは何か目標とかあったりするのかい?」


「あります」


「なに、麻雀のランクマッチでトップ10とか?」


「それは確かに夢みたいな話ですね……。俺、大富豪になりたいんですよ」


「お金ぇ? アンタ、案外即物的なヤツだったのね」


「買いたい物があるんですよ」


「買いたい物ですか~、それは高価なものなんですか~?」


「ええ、9,999,999,999ゼルです」


「未来の夫は大富豪……っ!」


「まさかそれって、《《あの豪邸》》?」


「はい、あの……『Spring*Bear』の豪邸です」


「なるほどねぇ……いや、応援するよっ! 確かにお金を稼ぐなら戦闘職より生産職だ。それに、もしキミがあの豪邸を購入できれば、ボクら────『()()()()()()()()()』のクランハウスもお引越しできそうだしねっ!」


「それいいわねっ! アンタ、絶対にその目標達成しなさいよ! それまではこの天才縫製士のアタシが手助けしてあげるんだからっ!」


「もちろんあたしもだよ。あっ、別に生産職で稼がなくても麻雀で一緒に稼いでもいいしね」


「だっ、だめだよネクロン……っ! 未来の旦那さんがギャンブラーなんてそんなの……あっ、想像したらちょっとカッコいいかもぉ…………えへへっ」


「いいわね~青春って感じね~! 熱くなってきたし脱いでもいいかしら、いいわよね~?」


「……くまさんクン。この通り、ボクたちの中にキミの大きすぎる夢を笑う者は居ない。だからボク達と一緒に、きっと夢を叶えようっ!」



 騒ぐクランメンバーを余所に、ムラマサが赤い果実酒の入ったグラスをこちらへ傾けてきた。


 それに俺も応え、優しくグラスを当てた。



「ようこそ、『クラフターズメイト』へ」


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