36話 2033 Summer PvP Battle Tournament Ⅹ - ピンポイント対策
遡ること数日前、俺はホルンフローレンの女神聖殿を訪れていた。
「主よ、我が祈りに応えたもう」
女神ホルンフィアを祀る巨大な祭壇に祈りを捧げる。
これでもう、祈りの言葉を呟くのは100度目となった。
これは初心者のシズホが勝てるよう神頼みをしているのではなく、シズホが勝つための武器を作るのに必要な工程なのだ。
この2項は似ているようで全然違う、後者の方がより現実的に物事を捉えているのである。
────フォォン……。
祭壇に100度目の祈りを捧げると、これまで何の反応も無かったところにいきなり暖かな光を帯び始めた。
『アナタの祈りは確かに届きました。敬虔な信徒にこれを授けましょう』
どこからともなく声が聞こえてき、祭壇にポトリとアイテムが落ちてきた。
名称:ホルンフィアの施し
レアリティ:☆☆☆☆☆☆★
品質:99
アディショナルパワー
・お百度参り
そう、俺はこのアイテムが目的で100度の祈りを捧げていたのだ。
この【お百度参り】というADPは、俺が想定するシズホの最大難敵であるヤマダヤマに勝てる可能性を生み出してくれる効果を持つ。
これが付与された武器で100回攻撃をヒットさせると、次回以降の通常攻撃が確定で会心攻撃になり、相手の装備による防御力を無視するようになり、更に自分の攻撃力が倍増するという効果だ。
本来、攻撃を100回もヒットさせれば相手は敗北していることがほとんどであろう。
だからこそ、重騎士で防御力が高く、かつジャストガードでダメージをシャットアウトしてくるヤマダヤマのような稀有な相手にしか効果を発揮しない。
そもそもはバカみたいにHP総量の多いボスモンスターへのカウンターとして使われているADPであり、PvPでの使用はセオリーに反するのである。
が、しかしだ。
こうでもしなきゃヤマダヤマには絶対に勝てない。
仮にシズホが決勝トーナメントに進出したとして……準決勝や決勝でヤマダヤマと当たったのなら、そこまで進めたことが異例中の異例、偉業の他に評する言葉なしなのだが、もし1回戦で当たってしまったのなら?
結局二次職で決勝トーナメントに進出したのはマグレだったんだ、そういう評価を受けてしまうだろう。
優勝とは言わない、表彰台とも言わない、せめて決勝トーナメントで1勝はしてほしい。
だからこそ、相性最悪の相手にも勝ちの目が生まれる策を、他の汎用性の高いADPを諦めてまで積み込むことにしたのだ。
他の生産職ならばこんな真似はしないだろう。
PvP大会イベントは無数のユーザー、無数の構成と戦うことになるのだから、汎用性が高くかつ自分の強みを押し付けやすい構成で装備をまとめるのがセオリーだ。
だがそのセオリーに従っていては、生産職としての経験が浅い俺では勝てないと思った。
俺の生産職としての武器は何だ?
それはただひとつ、『Spring*Bear』としての知識だ。
それを活かしてアイテムを生産し、他の生産職では選ばない選択を、思いつきもしないアイデアを積極的に取り入れていく。
そうでもしなきゃ、俺は────『Lionel.inc』には勝てないのだから。
* * *
ステージ上の砂煙の中に、シズホが最後の一射を放った。
その一射、ノーコンとはならないのがこのゲームのバトルシステムのありがたいところだな。
戦闘時、相手1体をロックオンすることで、あらゆる攻撃やスキルがその対象に向かうようになっている。
もちろん距離を取られている状態で近接攻撃をしても当たりはしないが、シズホの得物は弓である。
闘技場ステージ程度の広さであれば、端から端だろうと矢は届く。
砂煙で相手のモーションが見えなかろうと関係ない。
【お百度参り】が発動した今、通常攻撃をただ当てるだけで良いのだ。
きっとヤマダヤマは、この砂煙が自身を包み隠す盾になっていると思い込んでいる。
それは否だ、逆だ。
その砂煙のおかげで、シズホの攻撃モーションを視認できない。
だからいくらジャストガードが得意なヤマダヤマだろうと、不可視の魔矢は防げない!
────カンカンカァァァァァァン!
試合終了の合図が闘技場に響き渡った。
闘技場が静寂の色に染まる。
控室で観戦しているアリアとネクロンも同じく、息をのんでモニターに釘付けになっている。
やがて砂煙が晴れ、実況の鞍馬マイクが試合結果を高らかに発表した。
『勝者────シズホ選手ゥ!!!』
ヤマダヤマのHPが残り1割、いやそれ未満にまで削れていた。
一瞬、どよめきを見せた会場観客席だったが、すぐにそれらの声は歓声に変わった。
プレイ歴半年にも満たない二次職のユーザーが決勝進出、そして初戦の相手はトッププレイヤー、善戦どころか制限時間ギリギリで一矢報い大逆転勝利。
これほどまでに胸を熱くさせる展開があるか?
そりゃ叫ぶさ、そりゃ拳を上げるさ、ゲーマーなら。
「うぉおおおおおおおっしゃああああああああああああああッッッ!!!」
「ちょっとアンタ何アレ!? 最後のアレなんだったのよ!?」
「通常攻撃だったよね!? ただの通常攻撃だったよね!? くまっち何か仕込んでたの!?」
「そうなんすよ! ヤマダヤマピンポイント対策のADPを仕込んでたんすよ! シズホさんはしっかり気付いてくれたし、上手く使ってくれたんです!」
「凄いじゃないアンタ! もう立派な鍛冶士よっ!」
「くっそー! 初戦のビックリ枠はアタシの“機械人形”だけだと思ってたのになー! 最後持ってくのはくまっちなのかよー! でも勝てたから良し!」
アリアとネクロンが抱き着いてきたから、俺も遠慮なく抱擁を返した。
すごい! ここまでくっついても胸がほとんど当たってない!
「ただいま戻りました!」
暫し待つと、我らがジャイアントキラー・シズホ様がご帰還なさった。
「おかえりシズホ! やったわね!」
「はい、皆さんの装備のおかげです。本当にありがとうございました」
「『天和』の扱い、バッチリだったね。練習の甲斐アリって感じ?」
「それもありますけど、ネクロンさんがギリギリまで調整してくれたからです。自動展開の防御機構と安全圏への飛翔……どこかで『Spring*Bear』さんも羨ましがってるかもしれません」
うむ、まったくもってその通り。
アレがあったらどれだけ楽に戦えただろう。
こんなことなら優秀な電気技士を見つけておくんだったな……。
「それと、くまさんさん」
「はい、なんでしょう」
「あのADP、最初は何で付与されているのか分からなかったんです。だけど初戦がヤマダヤマさんだって知った時にピンときました」
「さすがです。沢山勉強して、知識を入れているシズホさんなら気付いてくれると思ってました」
「そう言われると照れ臭いですけど……でも、初めから教えてくれても良かったのではありませんか?」
「────信じてましたから、シズホさんのこと」
これはキマった……。
「いえそういう話ではなく。もし私が気付かなかったら、あのまま負けていました。気付いたから良かったものの……もう何か仕込んでたりしませんか? まだ何かあるなら今話してください。私は2回戦も3回戦も、負けるつもりはありませんから!」
あ、あれぇ……?
カッコよく決まったと思ったのに、なんで俺説教されてるんだぁ……?
「すみませんもう何も仕込んでないです!」
「本当ですか? 本当ですね!? 何も仕込んでないんですね!?」
何故か2回戦のシズホの出番まで、俺は詰められ続けていた。
────後になって思えば、その時詰めるべき相手は俺ではなく……。
防具担当のアリアだったのだ。




