33話 2033 Summer PvP Battle Tournament Ⅶ - 秘密兵器投入
『さあ決勝トーナメント1回戦も中盤に差し掛かってまいりました! ここまでは過去大会からの実力者が順当に勝ち進んでいる印象ですが……如何見ますか、解説の『Darkness Darker』さん!』
『是非も無し!』
『なるほど! 強い人が勝つ、それこそが健全な競技シーンであるという主張ありがとうございます! それではお次の試合に参りましょう、選手の入場です!』
選手入場口までシズホを見送る。
「いい、シズホん? アレの練習時間は文句なしにバッチリだから、自信持ってブッパしてきな」
「結局直前まで明かしてくれないままだったな。まあ良いや、頑張ってくださいシズホさん」
「相手がトッププレイヤーだからって、それだけで負ける道理は無いわ! アタシ達の装備と、そして自分を信じてファイトよ!」
「ありがとうございます。初心者の私がここまで来れたのは皆さんの力添えがあってこそです。なので悔いの残らないよう、全力で挑んできます」
最後の声掛けは済んだ、後は控室に戻って応援するのみだ。
俺達が控室に戻り中継用のモニターを点けると、丁度選手入場のタイミングだった。
『決勝トーナメント1回戦、第15試合。決勝進出者64名中、二次職での参戦はこの人ただ1人! 突如として現れた期待の新星! 新星爆発が如き稀代のジャイアントキリングを見せてくれるのか!? 魔弓士『シズホ』の登場だァー!』
実況に名を呼ばれ、闘技場中心のステージに続く階段をシズホが上る。
花道の脇で打ち上げ花火が上がり、会場観戦客の大声援が場内を埋め尽くした。
壇上のシズホは……落ち着いてるな、さほど緊張はしていないように見えるが果たして。
そうだそれでいい、相手は圧倒的格上、負けて当然の相手なのだ。
緊張なんてする必要が無い。
胸を借りるつもりでぶつかって来い!
『対するは今大会優勝候補の1人! 生ける伝説攻略クラン『The Knights古参の会』エースパーティーの頼れるタンク姉貴! 彼女の守りは五柱魔でさえ破れない! 最優・最重の騎士、重騎士『ヤマダヤマ』ァァァ────!!!』
シズホが入場してきた反対側の階段から、ヤマダヤマが入場してきた。
同じ段取り、同じ演出で現れるも、やはり歓声はシズホの時とは比べ物にならない量だった。
「ウォオオオオオ! ファイトだヤマ子ォ! きっとどこかでスプベアも見てるぞォ────!!!」
「頑張れヤマダヤマ! 今年こそ優勝だ!」
「あんな初心者に負けんじゃねーぞー!」
……なんか聞き覚えのある声が歓声の中にあったな。
『両者揃って顔を見合わせました! いよいよ始まりますこの戦い! ……それでは皆さん、バトルスタートのカウントを共にお願いいたします! 5、4……』
「「「「「3!」」」」」
2、1…………。
────カァァァァァン!!!
『スタートォ!!!』
いざ戦闘開始。
まずは定石通り、遠距離職のシズホがヤマダヤマから距離を取り魔法矢の波状攻撃を仕掛ける。
これはダメージを取る為の攻撃ではなく、スタート時に相手に主導権を握らせない為の牽制攻撃だ。
初動から最後まで攻撃の手を止めない戦い方は、まさに『Spring*Bear』の十八番戦術だった。
いいぞシズホ、『Spring*Bear』の指導はいくらなんでもやり過ぎだろうと思って控えたが、動画投稿サイトから自分で勝手に学び吸収してるじゃないか。
「良いわあの子、あのヤマダヤマを押してるわ!」
「いやぁ、違うんじゃない? だってほとんどジャスガでいなされてる。ダメージは全然入ってないよ」
「でもシズホの優勢ではある。ダメージが入ってなくとも、相手の攻め手を奪ってるからな。それにヤマダヤマが一度でもジャスガをミスれば削りダメージが入るだろ? もしそのまま時間切れまでいけばシズホさんの判定勝ちだ」
ルール上、1戦の制限時間は7分と定められており、それまでにどちらもHPが0になっていなければ、残りHPの割合が多い方の判定勝ちとなる。
実際に『Spring*Bear』は時間切れの判定勝ちで勝利をもぎ取った勝ち試合はいくつもあった。
それは相手に防戦一方の状況を作り出す立ち回りが出来ていたからであり、それを遠距離職で行えるのは偏にプレイヤースキルの賜物である。
更に言えば、ワノブジンのような怒涛の連撃が得意な近接職の場合、一手のカウンターで逆に多大なダメージを貰ってしまうこともあるが、遠距離職ならばそうはならない。
何度ジャスガされようとも、回避され隙を見せてしまっても、初めから距離を取っているからすぐに攻守交替とはならないのだ。
それもすべて、始めたての頃にプレイヤースキルに苦手意識を持っていたシズホゆえの成長結果なのだろう。
『誰がこの展開を想像していたでしょうか! なんとあのヤマダヤマ選手は防戦一方! この状況、どう見ますか『Darkness Darker』さん!』
『満月は永遠ではなく、いずれ欠け、やがて深淵の闇が世界を包むだろう』
『なるほど、この戦況はいつまでも続かないと! 確かに過去大会を振り返っても、ヤマダヤマ選手と遠距離職のマッチアップでは、試合終盤にヤマダヤマ選手が畳みかけダメージレースをひっくり返すといったような展開を何度も見ています! おっとヤマダヤマ選手が動いたぞォー!?』
これまで距離を詰めようという動きを見せてこなかったヤマダヤマが、途端に前進を始めた。
シズホは引きの距離を保とうと後退、そのせいで攻撃の手が止んでしまう。
「どうしましたのシズホさん! 撃ち続けなければわたくしを倒せませんわよ!」
「問題ありません、私は未だノーダメージ。対してヤマダヤマさんは2割ほどHPを削られている。このまま判定勝ちもあります」
「それはどうかしら……ねっ!」
ヤマダヤマが己の斧で大盾を力強く打った。
「っ!?」
途端、シズホの身体が硬直……その隙を突き、ヤマダヤマの巨斧が無防備なシズホに襲い掛かる。
「【威嚇】だッ!」
「どんなスキルなのっ!?」
「範囲内の相手を硬直させるデバフスキルだ、避けられないッ!」
硬直状態では攻撃・ガード・回避・スキルなどの行動が封じられる。
そしてシズホの構成は『Spring*Bear』と同じ回避会心構成、耐久は極めて低い。
斧の一撃を食らうだけで致命傷だぞ……ッ!
「大丈夫、今でしょシズホん?」
隣でネクロンがニヤリと笑んだ。
するとモニターの向こうのシズホも、ネクロンの言葉が届いたかのように呟いた。
「────起動」
突如、シズホのバッグから何かが飛び出した。
その何かがシズホの正面に光の壁を展開し、ヤマダヤマの土石流が如き巨斧をせき止めた。
『おぉっとー! シズホ選手がアイテムを使用! ヤマダヤマ選手の重い一撃をガッチリ受け止めたぞォー!?』
現場のカメラが2人にズームし、シズホのアイテムをしかと映す。
何やらメカメカしい見ための謎の球体が光の壁を投射し、シズホを護っていた。
「な、なんですのコレは!?」
「聞きましたよヤマダヤマさん、装備提供のコンペティションで機械武器・アイテムを却下してそのテンプレート装備を選んだそうですね」
「それはもちろん、慣れたスタイルで確実な勝利を掴む為ですわ!」
「でしたらとくとご覧あれ、これが最新のザナトゥエですっ────装着!」
光の壁を展開していた球体が変形分解し複数のパーツに分かれ、それぞれがシズホの四肢胴体に装備された。
「距離さえ取ればその巨斧も怖くありません!」
シズホの背中に付いたパーツが火を噴き、彼女の身体を空中へと逃がした。
「「シズホが飛んだぁ!?」」
「見たか! これが『Neck-rune』の最新最高傑作……名付けて“機械人形”『天和』だぁー!!!」
もはや人形と呼べる形ではないのだが、今はそんな野暮は口にするまい。
大事なのは、あの窮地をノーダメージでやり過ごし、絶対有利なポジションを取れたという事だ。
『出ました! シズホ選手の持ち込みアイテムは、電気技士が生産できる“機械人形”! 生産時のプログラミングによって様々な機能を持たせられるというこのアイテムですが、何と変形してシズホ選手の装備となりました!』
『新世紀の福音は今、修道女の祈りに報いた……っ!』
『そうっ! あの変形機構と光の壁は、10周年記念大型アップデートで実装された史跡マップで入手できるアイテムを素材にすると持たせられる機能! ご覧くださいあの刻印、空高く飛翔し陽の光に照らされるシズホ選手の背中に『Neck-rune』のロゴが煌々と輝いていますっ!』
おー、なるほど。
活躍すると、こんな感じで実況も生産者のブランドを宣伝してくれるのか。
これは確かに生産職にとっても大事なイベントになるな。
「小癪ですわ……ベアー様と似た動きをするのがまた、とてもっ!」
「なぜなら私は、『Spring*Bear』さんのような魔銃士になるのですからっ!!!」
アイツ、この衆人環視の中でとんでもないコトを宣言しやがったッ!
チクショウ、1回戦からめちゃくちゃアツいじゃねえかッ!!!
「そのまま逃げ切れば判定勝ちよシズホ!」
「そーだそーだ! ついでに空中からブッパしちゃえよー!」
シズホの“機械人形”『天和』による形勢逆転に、アリアとネクロンは必勝ムードで盛り上がっている。
しかし、俺はヤマダヤマという女をよく知っている。
だからまだ喜べない、気は抜けない。
何せ彼女は────すべての手札はまだ、切っていないのだから。




