第3話 初生産
「鍛冶士になりてェだ!? 帰った帰った!」
「本気なんです」
「こちとら忙しいんだ一昨日来やがれッ!」
「帰りません」
「……分からねェ奴だな。ぶっ飛ばされてェか?」
「分かりました」
獣人のNPC老年男性は、作業中の手元に視線を戻した。
「鍛冶士になりたいです」
「鍛冶士になりてェだ!? 帰った帰った!」
「本気なんです」
「こちとら朝から晩まで依頼依頼で忙しいんだ、一昨日来やがれッ!」
「帰りません」
「……分からねェ奴だな。ぶっ飛ばされてェか?」
「それはこちらの台詞だ」
「ほう。…………カッカッカ! 面白ェ若造だ、お前さんみたいなのがギルドの門戸を叩いたのは何年振りだろうなァ!」
正解の選択肢を選べたらしい。
あのNPCが鍛冶士ギルドのギルドマスターらしく、正解の選択肢を選び続けなければギルドに加入すらさせてくれない。
平成から令和初期頃のレトロゲームではあるあるなのだが、いざこうして、最新式のフルシンクロVRゲームで同じコトを訊ねてくるその様は中々に滑稽だ。
「ほれ、コイツぁ俺のお古だ。道具にゃ持ち主の魂が宿るモンだ。儂の魂が宿ったそれを、いずれはお前さんで染めてみやがれ」
「ありがとうございます」
ギルドマスター から “使いやすいハンマー” を 受け取った!
「へえ、これが生産職の装備か……なんか感慨深いな」
「早速だがな坊主」
この見た目で「坊主」と呼ばれるとは……。
いや、確かに髪が無いという意味では坊主なんだけどさ。
「いくら鍛冶士だからって、手前の身も守れねえんじゃ話にならねェ」
「素材の採取のために街の外に出ますもんね」
「そういうこった」
ああちなみに、いくらNPCとはいえ会話のキャッチボールは可能だ。
フルシンクロVRだもの、会話が一方通行ではせっかくのリアリティが欠けてしまってモチベーションも下がってしまうだろうし。
「鍛冶士見習いとして最初の仕事だ。まずは自分の武器を鍛ってみろ。なぁに、難しく考えることはねェ。真心込めて打ち込みゃ、おのずとハンマーは応えてくれるってモンよ。ほれ、素材はくれてやる、今回だけだがな」
典型的なクラスチュートリアルだ。
どのクラスギルドでも、真っ先に対応したクラスの基本操作を学ぶためのクエストを受注できる。
例えば魔銃士だったらスコープを使った遠距離狙撃だったり、ついさっき終わらせた剣士だったら通常攻撃と剣技スキルだったり。
で、鍛冶士においては早速生産というワケだ。
「さてと、生産タブをっと……」
生産自体はマップ上のどの場所でも可能なのだが、せっかくの初生産だ。
俺は鍛冶士ギルドの中にある見た目だけで特に意味は無い鍛冶場で生産してみることにした。
「いよいよ、か」
メニューにある生産タブ、これを開いたのは何年ぶりだろう。
『Spring*Bear』は生粋の戦闘職だったから、生産なんてサービス開始当初に少しだけ触ったことがあるくらいだった。
でもこれからは……『くまさん』としての俺は、幾度となくこのタブを開くことになる。
これが俺の、本職となるのだから。
「おやおやキミ、もしかして初心者かな?」
「えっ」
突然背後から声を掛けられた。
振り返ると、女性アバターにしては背丈の高い、紫の長髪と丸メガネが特徴的な────いや、身体的特徴はもう一つあった。
でっっっっっっっっかすぎるその胸!
現実だったらAVくらいでしかお目に掛かったことのないような巨乳、いや爆乳!
こういうアバターの奴に限って、中身は男だったりするんだよな……。
「初めまして初心者クン。ボクの名前は『ムラマサ@今年で9年目!』、気軽にムラマサお姉さんって呼んでおくれよ」
「はぁ……」
「見るにキミ、まだ操作になれていないみたいだね。もちろん分かるとも、そのメニュー操作のたどたどしさを見ればさっ」
「まあ、はあ、それは……」
操作がたどたどしかったのは慣れてないからじゃなくて、過去を懐かしんでいたからなんだがな。
しかしこの女との出会いは、人によっては鬱陶しく感じるだろうが、俺はむしろ逆だ。
こういう、初心者に先輩ヅラしたがるユーザーってのはどこにでも居る。
雑魚モンスターのように湧いて出る。
だがその分、上手く後輩として気に入られれば、アイテムやお得な情報を貰えたりもすると相場で決まっている。
「あの、もしかしてムラマサさん……いえ、ムラマサ先輩ってベテランの鍛冶士だったりします?」
「っ! ああ、ああもちろんだともっ! んっふふふ、何せこのボク、1周年記念アップデートの頃からこのゲームを続けている大大大古参なのだからねっ!」
要は『Spring*Bear』の一個下ってコトなんだけどな。
「へえ、すごいですね。それは頼もしいですよ」
「だろうだろうそうだろう! キミ、生産の仕方は分かるかね?」
「えっと確か生産タブを開いて……あれ、上手くできないです」
「んっふふふ~っ! くまさんクン、まずはハンマーを装備しなくてはだよ!」
「なるほど!」
「そして先程、ギルドマスターから貰った素材を実体化するんだ」
「ふむ、実体化……っと」
バッグから直接“使いやすいハンマー”を装備、そして素材となる“アイアナイト”を取り出す。
「鉱石とハンマーが光ってる……」
「そうそうそうなのさっ! それはその素材でアイテムが生産できるという証だね。例えば、ランクの高い鉱石をランクの低いハンマーで叩くと、何も生産できずに砕けてしまう。そういう事態を防ぐために、素材とハンマーが光っているかどうかをちゃんと確認することが大事なのさっ! まぁ、例外もあるんだけれど……それはまだキミが知る必要は無いかなっ!」
「よく喋る人だなぁ」
「んっ?」
「いえ、なんでもないです。……じゃあこの組み合わせなら生産ができるって事ですよね?」
「ああ、そうだともっ! さあさあ早速やってみよう! 記念すべき初・生・産っ!」
“アイアナイト”を地面に置き、ハンマーを握り直す。
一度深呼吸をし────。
「くまさんクン、くまさんクン! 景気よくパッカーンと、鍛っちゃいなよ~っ!」
「うるさっ」
「え?」
「あっいえ、なんでもないです」
────深呼吸をし、ハンマーを振り下ろした
カンッ!
気味の良い音が鳴る。
二度、三度と叩くうちに、鉱石だった物が光り輝きその輪郭線を失っていった。
次第にカタチを変えてゆくそれはやがて、片手剣の形になりゆく。
そこから更に四度、五度と叩く。
カキンッ!
何度目かのそれは、これまでとは少し違った音を鳴らした。
すると素材が光を失い、明確に、明瞭に、片手剣の輪郭を現したのだった。
「……………………出来た」
「…………………………」
「あの、ムラマサ先輩?」
「…………………………」
「出来た、んですけど」
「……………な」
「な?」
「なんてこったァあああああああああああああああああああああ!!!」
ムラマサが突如吠えた。
俺が生産したなんということはない片手剣を、生産者である俺よりも先に手に取り、鼻息荒く興奮しながらまじまじと観察している。
「どうかしました?」
「どどどっどうかしましたぁ? じゃないよくまさんクゥン!?」
「は、はぁ……」
「良いかいくまさんクン、よく聞いてくれたまえ……」
「なんですそんな怖い顔して」
「キミはもしかすると、とんでもない鍛冶士になるかもしれない」
ムラマサが片手剣を俺に返す、それはもう爆弾でも持っているのかってくらい慎重に。
「武器ステータスを確認したまえ」
ムラマサの言葉通り、片手剣のステータスを開く。
「…………………………マジか」
そこには、プレイ歴10年の俺でさえ目を疑うような────とんでもない事実が記されていたのだった。