28話 2033 Summer PvP Battle Tournament Ⅱ - ヤマ子スタイル
ムラマサからコンペの報せを受けた直後、ネクロンから「明日の朝5時までに再プログラミング終わらすから早朝会議しよ」と早起きを強制された。
これは結構面白い話だと思うんだが、寝起きで頭が覚醒しきってない状態でVR世界に入ると、自分の動作がデバフを食らってるみたいに遅くなる。
VR世界での動作ってのはすべて脳内の思考の反映と、擬似的に五感を刺激された結果物だから当然っちゃ当然か。
だから、昨日の俺は眠くもない目を無理やり瞑り、日が変わる前に寝た。
そして4時には起床、しっかりと朝ごはんも食べて万全の状態でログインした。
「ンン〜、快適だぜェ……」
クランハウス室内は昨日の灼熱地獄が嘘のように涼しかった。
きっとネクロンの“機械人形”が直ったのだろう……おっと、壊れてたんじゃないから「直った」はダメだ、怒られちまう。
そのネクロンは…………シャワー中か?
ハウスに入った時からシャワーの水音が聞こえてるしな。
さて、一息つくべく俺はキッチンの冷蔵庫から“レッディサワー(ノンアルコール)”を取り出した。
そう、俺はクランハウス共用の冷蔵庫を誰かの断りもなく開けるほどにこのクランに慣れ、馴染めたのだ。
リビングのソファーでゆっくりしていると、浴室から水音が聞こえなくなった、そろそろ上がるな。
「ネクロン、来たぞ。ちゃんと服着て出てこいよ」
「く、くまっち!?」
「なんでそんなに驚くんだよ、こんな時間に呼び出したのはネクロンの方だろ」
一時返事が返ってこず不思議に思っていると、今度は向こうから声がかかった。
「ねえくまっち、ちょっとこっち来て」
「何でだよ」
「いいから!」
「お、おう……」
どうしたんだ……?
なんか怒ってる?
俺なんかしました……?
「もう服は着てんだよな?」
「当たり前じゃんミロロじゃあるまいし」
「分かった」
廊下から洗面所に続くドアを開けると────。
「うおッ!?」
下着姿のネクロンに無理やり押し倒され、馬乗りでマウントを取られてしまった。
なんで?
「お、おい、ネクロン……?」
「……たんだ」
「はい?」
「聞いたんだ……聞かれちゃったんだ…………」
聞いた? 何を?
「ネクロン、ネクロンさん! 馬乗りになられてるのはこの際別に良いから、とりあえず服着ようか!」
「アレ聞かれてんだから今更半裸とか恥ずかしくないわ!」
「アレって何!? 下着姿より恥ずかしい音? 声? とかあんの!?」
「両方だろーが!!! まさか10分以上早く来るとは思わんじゃん!!! ギリ時間あると思っちゃったの!!! 徹夜明けでなんか……いろいろ溜まってたの!」
叫びながら、俺の胸をポコポコと叩くネクロン。
痛くないし、なんか子供みたいで可愛い。
「だから何がだよ!?」
「白々しいわこの変態くまっち!略して変態っち!」
「『くまさん』の原型無いね!? というか本当に何!? 言っとくけど俺、シャワーの音しか聞いてないからな!?」
「…………は?」
「というか俺、ハウスに入る前にチャット送ったからな!? でも反応が無いから入ったらシャワーの音がしてて、だからソファーで“レッディサワー”飲んで待ってたんだって!」
「……ほんとに? 何も聞いてないの?」
「アレってのがシャワーの音じゃないなら俺は何も聞いてない!」
「…………はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜。おけ、じゃあいいよ、許す」
許すって何をだよ……。
俺何も悪いことしてないよ……。
「はやく出てくんない?」
「えっ? あ、ああ! ごめん!」
俺はネクロンから追い出される形で洗面所から出た。
…………???
入ってこいって言ったのネクロンの方なのに、なんで俺追い出されてんの?
数分経ってからネクロンも出てきた。
シャワー上がりの彼女の為に冷蔵庫から“レッディサワー(ノンアルコール)”を出してやると、「……ども」……と、まだちょっと不機嫌そうだった。
「よし、じゃあ作戦会議始めよ」
「おう。って言っても何を決めるんだ?」
「コンペ攻略法の考察と役割分担かな。場合によっては追加の人員補充の人選とか」
コンペ、コンペなぁ……。
リアルでは経験があるけど、どちらかと言うと苦手なんだよなぁ……。
事前の考察とか準備作業みたいな孤独な戦いは得意分野なんだけど、いざプレゼンとなると気が引けちゃうというか……。
それと、人員の追加補充の可能性もあるのか。
幸いにしてヤマ子のクラスは重騎士──重く堅い鎧を纏い、どんな攻撃もシャットアウトする鉄壁のタンク職だ──、装備は武器も防具も基本的には鍛冶士の生産対象だ。
だから装備は基本的に俺が任されるとして、ひとつだけ持ち込めるアイテムがネクロンの担当になりそうだし……追加補充要る?
しかし俺は生産職歴3ヶ月にも満たないド初心者、きっと俺には至れない思惑がネクロンにはあるのだろう。
「俺は初挑戦だし、一旦ネクロンがリードしてくれると助かる」
「そだね、じゃあまずはヤマダヤマ様の────」
「ふぅ〜ん……」
「────ヤマダヤマさんの普段使い装備とか戦闘スタイル、ビルドとかを調べよっか」
おっ、それなら俺は詳しいぞ。
何せ5年もパーティー組んでたんだからな。
装備はこの数ヶ月で更新した可能性はあるけど、ビルドや戦闘スタイルは一朝一夕で変えられるようなものじゃないし、存分にこの知識を活かすとしよう。
「それなら任せろ。俺の調べによると、ヤマ子のメインクラスは────」
「ヤマ子?」
「────ヤマダヤマさんのクラスは重騎士。同クラスの中では珍しく、STR>VITという攻撃的なビルドになってる。というのも、彼女はジャスガがめちゃくちゃ上手いからVITが多少低くても問題無いんだよ。武器は斧系統を愛用、たまに大剣も使ってるかな。戦闘スタイルって話になると……やっぱジャスガを活かす感じだな。クラススキルもガード関連のものを重用してる。確かジャスガ成功時HP微量回復、ジャスガ成功時攻撃バフ、ジャスガ判定時間延長、ブレイク属性無効化、あとなんだっけな……」
「ちょっとくまっち……」
「ん? どうかしたか? あっ、あとアレもあったな、HP満タンだとSTR2倍」
「詳しすぎてキモい」
「ひどいな!? めちゃくちゃ役に立ってない俺!?」
「めちゃくちゃ役には立つ、でもキモい」
「役に立つなら良いか」
あと俺が『Spring*Bear』ってバレなきゃ良いよ。
「おかげでかなり方針は固められそう、ジャスガ型に使えそうなADPで染めたいよね」
「念のため確認しておきたいんだけど、装備一式が俺担当で良いんだよな? で、ネクロンがアイテム担当?」
「あー、うーん、どうしようね。電気技士って、ちょっと工夫すれば武器も防具も作れちゃうんだよね」
「えっ、斧とか大剣って素材は鉱石だよな?」
「えっとね、10周年記念のアプデで史跡が実装されたじゃん? そこで採れる素材から武器とか防具も作れるようになったんだよね」
「へぇ……ってことはアレか? めっちゃマシン?」
「うん、めっちゃマシン。変形とかする」
「変形スゲー!!!」
「でもなー、電気技士が作れる防具ってジャスガ型と相性悪いんだよなー」
「じゃあやっぱり俺が装備担当の方が良いか?」
「んんー、でもそれだとくまっちの負担大きすぎじゃない? 普通に間に合わなそう」
「確かにな。いくらなんでも武器と防具合わせて5つのADP厳選は死ぬ」
相談の結果、俺が防具一式を生産し、武器とアイテムをネクロンが生産することに決まった。
普通のユーザーなら防具4つを厳選するなんて苦行なんだが、幸いにして俺の生産乱数テーブルは脅威のADP付与率100%、多少はマシ────と言えなくもない。
更に素材についても、採取合宿から重点的に採取の時間を増やしていたから余裕もある。
一点、強いて問題を挙げるとすれば、クラスレベルがレベルキャップに到達していないせいで最高難度の装備レシピを覚えていないことだろう。
しかしこれは問題にならない。
現時点で最高峰に位置付けられている防具シリーズだが、シリーズ固定ADPがジャスガ型とは噛み合わないのだ。
だからおそらくだが、コンペに参加してくる他の生産職もその防具シリーズは出してこないはずである。
攻略サイトで調べたところ、ジャスガ型と噛み合う防具シリーズは────よし、ギリギリ俺でも作れるな。
かくして、ヤマ子装備コンペに向けた俺達の方針は定まった。
あとは生産に集中するのみ……気合い入れてくぞッ!!!
「そういえばネクロン、消費アイテムってどんなのを出すつもりなんだ?」
「ふふふっ、それは秘密に決まってんじゃん……」
「ん、そうか。まあネクロンだしな、きっと凄いアイテムを用意しちゃうか」
「うわぁ…………そういうトコ良くないわー」
「えっなんで」
「別に。ま、「ありがとう」と「頑張ります」とは言っときますか」
────いざ、生産開始ッ!




