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27話 2033 Summer PvP Battle Tournament Ⅰ - 報せ

 夏は暑い、当たり前だが。


 だが現代にはフルシンクロVRシステムという、最強の避暑方法がある。


 五感を電脳疑似世界に送り込むことで、夏の日差しを避けつつ至適温度の中で心地好い時間を過ごすことができるのだ。


 実際、この技術が一般化されたせいで、避暑別荘向けに建てられた戸建て家屋の価値が下がったなんて話を不動産業界に務める大学時代の同期から聞いた。


 とはいえ、仕事以外でほとんど外出をしない俺にとってはあまり関係の無い話なのだが。



「あっづ! なんでこんなコトになってンですか!?」


「暑いって言うから余計暑くなるのよっ!」


「でも暑いもんは暑いですよッ! どうしてVR空間の、しかもクランハウスの中がこんなに暑いんですッ!?」



 そう、俺は今、『クラフターズメイト』のクランハウスリビングに居る。


 暑さなんて感じるはずの無いこの場所で、どういうワケか俺は熱中症目前にまで陥っていた。



「それもこれも公式の中途半端なアップデートのせいだし…………あぁもうプログラミング全部やり直しとかふざけんなしっ!!!」



 リビングの隅でネクロンが吼えていた。



「なあネクロン、一体何が起きてるんだ?」


「うっさいあたしに訊くな!!!」


「アンタ……一時あの子には話しかけない方が良いわよ…………。ほら、電気技士は“機械人形”ってアイテムを生産する時に機能をプログラミングによって拡張できるって言うでしょ? だから、クランハウス内の家電類を一括制御する“機械人形”を作ってるのよ。で、昨日のアップデートでその辺のバグが出ちゃって、なんか大変らしいわ」


「な、なるほど……」



 ということは、この暑さはフルシンクロVRシステムの不備なんかじゃなく、ただただこのクランハウスのエアコンが暖房にでもなってるからか。


 だったら電源をオフにすれば良いんじゃないのか?



「言っとくけど、電源は切れないわよ」


「何でですか」


「一括制御してる“機械人形”が操作をロックしてるらしいわ」


「チクショウ……もうログアウトしちまいたい…………」


「アンタもムラマサに呼び出されたんでしょ? だったらおとなしく待ちましょ…………死にそうだけど」



 そう、俺はムラマサから呼ばれて今ここに居る。


 そうでなければこんな灼熱地獄に留まっていないし、鍛冶士のギルドクエストを進めているだろうから。


 そしてアリアもまた、俺と同じようにムラマサから呼び出されたらしい。


 ネクロンが俺達と同じ理由でクランハウスに居るのか、それとも“機械人形”のコード直しという別件でここに居るのかは分からない。


 何せ、俺は呼び出された理由を知らないのだから。



 ────ガチャッ。



「おまたせっ────ってあっつぅ!? ナニコレっ!?」


「あら~、これは脱いで然るべきよね~~~~~!!!」



 俺とアリアを呼び出した────つまりこの灼熱地獄に閉じ込めた諸悪の根源が、露出狂と共にやって来た。



「なんかネクロンの“機械人形”が壊れたらしいですよ」


「壊れてないし! 悪いのは運営だから!」


「なるほど、わからんっ!」


「まあまあ~、夏らしくて良いじゃない~。みんなも脱ぎましょ、気持ち良いわよ~」



 ミロルーティがリビングに到着する頃には、既に彼女の服は下着以外が床に捨てられていた。


 哀しい哉、見慣れたものである。



「何か話があって呼んだんでしょ? だったらレストランにでも行かない? さすがにこんな所で真面目な話なんてできる気がしないわ」


「うーん、アリアの言い分はもっともなんだけどね。今回ばかりはそうもいかないんだよねっ!」


「と、言いますと?」


「うんっ! 季節は夏、この時季恒例のアレが近付いてるよねっ!」



 ふむ、夏恒例のアレか。


 なに、『The Knights Ⅻ Online』歴10年の俺だ、知っているどころかむしろ待ちに待っていたくらいである。



「『PvP Battle Tournament』ですよね、半年に1度あるPvP大会の」


「そうそうそうなんだよっ!」


「俺も楽しみにしてましたよ。何せ絶対王者の『Spring*Bear』が居なくなって初の開催ですからね。これは決勝トーナメントが荒れますよー!」


「えっ、『Spring*Bear』居なくなったのかい?」


「あっ……」



 そうか!


 別に『Spring*Bear』が引退したなんて情報は広まってないのか!


 それを知っているのは『The Knights古参の会』のメンバーと、本人である俺だけじゃないか!



「いやぁ~、実は先日どんぐり亭さんにバッタリ会いましたね~! ははっ、その時にこっそり教えてもらったんですよ~…………ハハッ………………」


「あら~、そうだったのね~」


「ふーん、アタシ好きだったからちょっと残念かも。リアルが忙しくなったとかかしら?」



 あ、危ない……。


 この間の採取合宿でどんぐり達と会っていて良かった……。


 そうでもなけりゃこんなハッタリが通じるワケがねえ……。



「そっ、それがどうかしたんですか!? あのイベントはまさしく戦闘職だけのお祭り、生産職である俺達からしたら関係ないのでは?」


「まさかっ! 関係ないどころかむしろむしろっ! クラフトフェスタと同じくらいか、それ以上に大事なイベントだよっ!」


「いやぁ……いくらレベルが統一されるからって、常に戦闘の中に生きる彼らを相手にしては勝ち目はないですよ。プレイヤースキルと装備構成が何よりも大事なルールなんですから」


「ああ、違う違う。エントリーはしないよ?」


「えっ?」


「そうだね、ここは生産職として初めて『PvP Battle Tournament』に挑むことになる……かもしれないくまさんクンの為に説明してあげようっ!」


「ありがとうございます」



 ということで久々のっ!


 天才鍛冶士・ムラマサの地の文ジャックのお時間だっ!


 さて、この『PvP Battle Tournament』という公式イベントについての説明からしておこうか。


 このイベントはその名の通り、ユーザー同士で戦い最強のユーザーを決める大会イベントなんだ。


 予選はスイスドロー形式──同じ勝敗数同士で戦い続け、勝っても負けても試合が続く形式──の自動マッチングで行われ、15試合終了時点で勝率が高かった上位64名が決勝トーナメントに進出。


 決勝トーナメントは1試合BO3──1試合最大3戦行い、2勝した方が勝ちのルール──で進むトーナメント形式で優勝者と準優勝者、そして準決勝敗者同士で試合を行い3、4位を決める。


 そしてこのイベントでの試合中、参加ユーザーのレベルは統一される。


 そうじゃなきゃ、レベルキャップに到達しているユーザーが圧倒的に有利、そこまで到達していないユーザーが不利になっちゃうからねっ!


 だからってプレイヤースキルだけが勝敗を決める要素にはならないのが、このイベントの面白さと言えるだろうね。


 エントリーしたユーザーは、自分が好きな装備と消費アイテムを1つだけ持ち込めるんだ。


 ちなみに初心者救済措置として、運営から貸し出される装備もあるんだけど────それで優勝してるユーザーは見たことが無いかな。


 で、なんだけど……。


 うんうん、言いたいコトは分かるよ?


 これじゃやっぱり戦闘職だけが楽しめるイベントで、戦闘に慣れてない生産職は出る幕が無いじゃないかっ!


 多分運営もそのつもりでイベントを開催してるし、代わりに生産職が主役になる公式イベントも秋にあるから、一応のバランスは取れているんだよね。


 だけど、ボク達生産職は、それじゃ済まさない。


 出る幕が無いなら、自ら生み出す────それが生産職の在るべき姿だもんっ!


 ボク達生産職は、「参加者は装備と消費アイテムを1つ持ち込める」というルールに目を付けたのさっ!


 このイベント、決勝トーナメントはゲーム内の様々な場所でライブビューイングが開催されるし、リアルでも動画配信サイトでプロのアナウンサーの実況付きでライブ配信が放送される。


 そんなに多くの人の目に触れるなら当然────自ブランドの宣伝チャンスになるよね?


 そうっ!


 このイベントは生産職にとっては最大のチャンスっ!


 決勝トーナメントに進む可能性のある戦闘職ユーザーに装備や消費アイテムを提供することで、多大な広告効果を期待するワケだっ!


 だからって強いユーザーに「おねがいっ♥」って頼めば簡単に使ってもらえるワケでもない。


 戦闘職ユーザーだって、どうせなら()()()()()が欲しいに決まってる。


 故にこの時期になると、有名な戦闘職ユーザーがコンペティションを行ったりするんだ。


 そこで見事、自分の装備を選んでもらえたら────あとはウハウハだよねっ!


 ってなワケで、この『PvP Battle Tournament』は戦闘職だけのお祭りだけじゃなくて、ボク達生産職にとっても超~~~~~~~~~~大事なイベントなのさっ!



「分かってもらえたかな?」


「なるほど…………」



 記憶を辿れば、確かにこのイベント中だけグラ助やヤマ子はいつもの装備じゃなくその場限りの装備を着けていた気がするな。


『Spring*()Bear』は生産職ユーザーと関わる機会も無かったし、何より慣れていない装備で戦うのが怖かったから、常用してる装備をそのまま流用してエントリーしてたんだよな。


 装備を変えるということはADP(アディショナルパワー)の構成まで変わるという意味だから、感覚にズレが起きたりもするし、それが嫌だったんだよ。



「じゃあ話っていうのは、そのコンペティションがあるから参加するぞーってコトですか?」


「うーん、近からず遠からず、かな。ボクとミロロは逆オファーを貰ったからね」


「逆オファー?」


「よく考えてみて~? 戦闘職ユーザーからすれば、強い装備やアイテムを提供してくれる相手に心当たりがあるなら、わざわざコンペティションを開催する手間なんて無駄でしょ~?」


「あ、確かに。ってことは、戦闘職ユーザーから直々に装備を作ってくれって頼まれた……そういうコトですか?」


「そのとーりっ!」


「いやぁ、凄いな、流石ムラマサ先輩とミロロさんですよ。ちなみにオファーをしてきたユーザーって誰なんですか?」


「『The Knights古参の会』の『GrandSamurai』だね」



 アッ、アイツ……ッ!


 万年決勝で『Spring*()Bear』に負け続けてシルバーコレクターの異名まで持つアイツが、いよいよ本気でトップを獲り来たんだなッ!


 古参の超ベテラン鍛冶士のムラマサと、一級品しか作らないミロルーティを抱き込んでの本気マジ攻略…………他の参加者達には同情を感じざるを得ないな。



「しかも共同生産者として、『The Artist』の『Lionel.inc』も参加するんだって」


「つっよッ!?」


「そんなん誰が勝てるのよ……」


「まあまあ、いくらボク達がとっておきの装備を預けても、グラ助クンがコケたら全部パーだしっ!」



 いやないない。


 アイツ、マジで強いし緊張とか全くしないタイプだから。



「それでね……自分がイイ仕事を貰えたからクランメンバーのコトなんて知ーらないっ! とは言えないからさ? 持ってきたよ、オススメのコンペ情報っ!」


「お、おぉ……」


「あー、アタシはパス。開会式と閉会式でNPCのお姫様が着るドレスの公式コンテストがあるんだけど、そっちに集中したいから」


「そうだったっ! 今年こそはアリアのドレスが選ばれるよう祈ってるよっ! じゃあはい、くまさんクンにはこれね」



 ムラマサから1枚のチラシを受け取り、紙面を確認する。





『最優・最重の騎士 ヤマダヤマの装備生産者、求む』





 俺がその見出しを音読すると、リビングの隅で唸っていたネクロンが飛び跳ねた。



「あたし、それ参加する!!!」



 かくして、俺とネクロンはヤマ子の装備コンペに挑戦する事となった。


 しかし、俺はまだ事の重大さを正しく認識してはいなかった。


 このコンペに挑むということは、そしてコンペに勝ち抜いた時にはすなわち……。





 ────最強の生産者トリオと、戦わねばならないのだ。




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