25話 サイジェン島合宿Ⅹ - 最後は海!
サイジェン島での採取合宿も最後の夜になった。
皆、満足のいく採取探索を終え、「最後は海で遊ぼうかっ!」というムラマサの提案により海水浴場エリアを訪れていた。
日も沈み、あたりに海水浴客の影も少なく、まるで『クラフターズメイト』の貸し切り状態のようだ。
俺が砂浜に到着すると、他のクランメンバーはまだ居ないようだった。
「おまたせ、待った?」
砂浜に座り込み、砂の上に適当な落書きを描いていると、背後からムラマサの声が聞こえた。
「いえ、全然────ほぅ……」
振り返ると、ムラマサはパープルのシンプルなビキニを着けており、恥ずかしげもなくアピールされる超ド級のスタイルが目に飛び込んできた。
いつもの丸メガネも装着されているせいで、日常と非日常が混在したその光景に、一瞬だけクラっとさせられる。
────ああ、こんなに美人だったのか。
そう思った途端に、こちらを見つめてくるムラマサの顔を俺は直視できなくなった。
「おーい、なんでいきなり目を逸らすのさ?」
「別に何も。ちょっと波を見たくなっただけです」
「ふぅん……? まあいいや。この水着どうっ? すき?」
「ま、まあ……似合ってるんじゃないですかね」
「ちょっとーっ! ちゃんと見てよくまさんクンっ! せっかく新しい水着を用意したのにぃ」
「新しいも何も前のとか知らないですし」
「ね、こっち見てよ」
「…………ッ!」
ムラマサは無理やり俺の顔を動かし、自分の身体をこれでもかと存分に見せつけてきた。
「…………似合ってますよ、ちゃんと」
「そう? ふふっ、それなら良かったっ!」
「皆さんはまだ来ないんですか? 一緒だと思ってたんですけど」
「そのうち来るんじゃないかな。なにぃ? ミロロの水着が楽しみってかっ!」
「ちがッ…………俺、ゲーム内でそういうコトになる気は無いですから」
「そういうコトって? 好きになるとかそういう?」
「はい。過去にそれで痛い目に遭ってますし……。というか今だから言いますけど、最初ムラマサ先輩のことネカマなんじゃないかと疑ってました」
「へぇ…………まあ確かに? こんなおっぱいの大きいアバター、女性だったらわざわざ作らなそうだもんねっ!」
「いやホントそうですよ。えっ、違いますよね?」
「さあ、どうだろう。ただ、リアルの話をちょっとだけ話しちゃうと────過去に彼女が居たコトはあるよ」
「はぁ!?」
「────でも、彼氏が居たコトもある」
「それってどういう……えっ、えぇ…………?」
わ、分かんねえ……。
ただ少なくとも、ムラマサは同性と交際をした経験がある……という事だけは分かった。
分かったけど……だから何だってんだよ…………。
こうも俺を惑わせてくるムラマサというひとは、一体俺をからかって何がしたいんだ……。
「はいっ、こういう話はここまでっ! それでそれでそれでっ? 2日間の採取合宿はどうだったかな? 楽しんでもらえたっ?」
「それはもうもちろんですよ。『Initiater』との対抗戦もなんだかんだ言って楽しかったですし、史跡でのハプニングとか……『Lionel.inc』とも会えましたしね」
「というかキミさ、「史跡って何ですか?」とか言ってたけど、ホントは知ってたでしょ?」
あっ……。
そういえばそんなこと言ったな俺……。
あの時は自分が『The Knights Ⅻ Online』経験者だってバレたくなくて言ったんだけど、今にして思えば白々し過ぎるな……。
「何か隠してるコト、あるでしょ」
「ッ! ま、まさか……」
「ふぅん……言いたくないんだ。寂しいなぁ、ボクはキミに何も包み隠さず全てをさらけだしてるってのにさぁ…………」
ぐっ……良心が痛む…………。
確かに今回のような件がこの先無いとも言い切れない。
だったらせめて信頼の置けるムラマサだけになら、『くまさん』が『Spring*Bear』のセカンドキャラだって明かしても……。
「実は俺────」
「なんてねっ! 大丈夫、聞かないよっ!」
「えっ?」
「秘密のひとつやふたつ、誰にだってあるよね。これじゃボクが無理やり聞き出したみたいでキミが可哀想だしさ。だから今は聞かない。だけど今後、もし誰かにその秘密を明かす必要があるのなら、最初の人はボクだったら嬉しいなっ!」
…………あぁ、このひとは本当にもう……。
真実をひた隠しにして初心者の皮を被ってる俺が惨めに思えてきたぞ。
だけどこれで確信した。
ムラマサは、信頼できる。
俺が生産職としてこのゲームを続ける限り、どこまでもムラマサに付いて行こう。
もしムラマサが俺の助けを必要とする時が来れば、何があっても彼女の力になろう。
それくらいしか、ムラマサの善意厚意に応える術は無いだろうから。
「ちょっとちょっとアンタ達っ! なにイチャついてんのよっ!」
「あら~、もしかして進展があったのかしら~?」
「なんだよくまっち、結局ムラマサに行っちゃうんだ」
「今にして思えば私結婚申請送ってるだけでぜんぜんくまさんさんに接近できてないぃ…………」
「おっと、ボク以上に綺麗な方々のご到着だよ。ボクばっかり見てないで、しっかり彼女らの水着を目に焼き付けておきなっ!」
駆け寄ってきた4人の水着姿は、俺には勿体無いくらいに価値のある光景だった。
レッドベースのセパレートタイプに身を包んだアリアは、股から伸びる綺麗な脚が芸術的な美しさを醸しており、ミカリヤの気持ちが少しだけ分かった気がする。
ホワイトのフリルが付いたビキニのミロルーティは、可愛らしさとセクシーさのコラボレーションが暴力的──デカァァァァァいッ説明不要!──な視覚効果を発している。
ネクロンは薄手のパーカーを羽織っているが、その下はブラックのビキニだ。ムラマサやミロルーティと比べるとどうしても胸の幼さが目立つが、アリアと並ぶと、その細身なスタイルのおかげで夏の水着特集ファッション雑誌の表紙を飾るモデルのように見える。
そしてパリナだが…………重罪だろコレ。第一罪、スクール水着、これは本当にダメなやつです。そして目立って低い身長から想像を超える豊かな双丘で更に余罪。これはいずれアンダーグラウンドの好事家ユーザーに見つかって掲示板をざわつかせる日が来てしまいそうだ。
「どうっ!? ぜーんぶ『Aria』の水着なのよっ!」
「さすが天才縫製士ですね。スク水だけはどうかと思いますけど」
「仕方ないのよ、パリナがビキニは恥ずかしいって聞かなくて」
「ねーねーくまっち、ムラマサと何話してたの? なんかやらしい話?」
「ンなわけ。この合宿楽しかったですねーって話だよ」
「ほんとうに~? やけに距離が近かったように見えたけど~?」
「やっぱり結婚したんだムラマサさんとぉーーーーー!!!」
「しませんよ……」
「さてと、全員揃ったことだし……やろっか最後の火遊びっ!」
「ひあっ、火遊びッ!?」
「アンタ変なコト考えてるでしょ……。花火よ花火」
「あ、あぁ……」
なんとミロルーティが花火を生産してくれていたようだった。
定番の手持ち花火から変わり種のネズミ花火、リアルでは個人の範囲じゃ扱えないような特大打ち上げ花火まであり、わいわい騒ぐクランメンバーを眺めているとどこか……懐かしい気分になった。
高校時代、仲の良い友人とこんな風に花火で遊んだっけ。
あるいはもっと昔、家族との思い出もあったっけ。
それらと横並びに心に残る夏の思い出が今、ここにある。
「締めはやっぱり線香花火だよねっ!」
ひとしきり遊び、残るは人数分の線香花火だけ。
皆で輪になりしゃがんで、アリアの魔法スキルで静かに着火してもらった。
「勝負しよ、最後まで残ってた人の勝ちで、みんなにひとつ命令できるでどうよ」
「じゃあアタシが勝ったら借金即時回収だからね」
「はっ、負けないし。絶対返さないからね」
「わたしも負けないわよ~? じゃあわたしが勝ったら~……ふふっ、新薬の実験台になってもらいましょうかしらね~」
「治験はもういやだ治験はもういやだ治験はもういやだぁ…………」
「えーっ! じゃあボクが勝ったらどうしよっか────なぁああああああああ!!! 考える前にもう落ちたーっ!?」
「うける。…………あっ、最悪あたしも落ちたし!」
「ぅあ……はぅ…………っくしゅん! うぇ……なんという不運ですかぁ…………!」
「ちょっとっ! 今のパリナのくしゃみでアタシのも消えたんだけどっ!?」
「ごっ、ごめんなさいぃ…………」
「あとはわたしとくまさん君の勝負ね~。ふふっ、負けないわよ~」
「平静冷静無心、平静冷静無心……」
ほどなくして、ミロルーティの線香花火が先に落ち、この線香花火耐久勝負は俺の勝ちとなった。
さてと、勝ったら命令をひとつか……。
「おー、くまさんクンの勝ちだねっ!」
「命令は何にすんの?」
「えっちな命令はダメだからねっ!?」
「しませんよ、そういうのは」
「じゃあ何かしら~?」
「これはまだ、ずっと先の話にはなると思うんですけど……いずれ生産職すべてのクラスを極めたいと思ってます」
「ふぁあ……またとんでもないことをぉ…………」
「その為には皆さんの力が必要です。だから────これからもよろしくお願いいたします」
俺が告げると、皆一様にキョトンとした表情を浮かべた。
あれ、分かりにくかったか?
えっと、つまり……。
「今後とも、俺みたいな初心者が途方も無い目標を叶える為に、ご指導ご鞭撻をお願いできればって話なんですけど」
「くまさんクン、それが……命令?」
「はい。ああいや、どちらかと言うとお願いになりますかね」
「なんだよなんだよ何なんだよキミっ!」
「何で怒るんですかムラマサ先輩ッ!?」
「ボクはね、ちょっとだけ悲しくなっちゃったよっ! これからもご指導ご鞭撻をお願いしたい、それをわざわざ何でも命令を聞かせられる場で言うのっ!? そんなの、そんなのはねっ! 何でもない普通の日の、ちょっとした休憩時間とかに、お茶でも飲みながら言えば良いのっ! そしたらボクも、ミロロもアリアもネクロンもパリナも、みんなみーんな「いいよ」って答えるんだからねっ!」
「当たり前じゃない、アンタは後輩だもの」
「そうね~、何を今更って感じだわ~、ぷんぷん」
「もち。ってか電気技士もやってくれんだね、少ないから嬉しいよ」
「私もなんでも教えますからぁ! だから今度一緒にお料理しましょぉ!!!」
そんな温かい言葉をかけてくれる仲間に囲まれて、俺はなんて幸せ者なのだろうか。
果てしない先の道程を誰も笑わず、応援してくれる。
断言しよう、『クラフターズメイト』は最高のクランだ。
もし、いつか『くまさん』が『Spring*Bear』だって明かせる日が来たのなら。
それでも真摯な想いで皆に感謝を伝えたい。
そしてどんぐり達に、『こっちのクランも最高だぞ』って自慢してやるんだ。
俺はムラマサから指摘されて初めて、頬に伝う涙に気付いた。
悔しいでも悲しいでもない、あったかい温度感のそれはきっと────夏の夜空に煌めく星々のひとつにだって、負けやしない輝きを放っていたことだろう。




